Calendar
S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31      
<< March 2019 >>
NewEntry
Profile
Category
Archives
Comment
Search
Link

Favorite
素材満載 ブログで作る かんたんホームページ [CD-ROM付き]
Mobile
qrcode
Sponsored Links
『法句経』 八正道の教え

 春彼岸の最終日午後、東雲寺仏教講座『法句経』を読む(第13回)を開催しました。

 今回は特に第20章「道」の273詩句からの四諦八正道の教えなどを写真のような上下四段に記したテキストを記読みながら仏教の教えを学びました。26名の方が参加されました。資料代として頂戴したお一人200円、今回の総額7,300円(500円や1000円を寄託してくださる方がおられます)は、東日本大震災被災地支援の募金にさせていただいております。



2019.03.25 Monday 14:32
仏教の教え comments(0)
あらゆる差別は差別する側の問題である

  3月5日夕刻、東京都港区芝の曹洞宗宗務庁(教団の本部事務所)において全国曹洞宗人権擁護推進主事研修会で話しをさせていただいた。
  事務局からの依頼内容は、1979(昭和54)年9月に起きた「第3回世界宗教者平和会議差別発言事件」をきっかけに、遅ればせながら曹洞宗が人権確立・差別撤廃のとりくみを始めたのだが、その当初の状況について報告し、そもそも部落差別の問題とは何かとか忌避意識などについても触れてほしいということだった。
  件の差別発言事件というのは、平和や人権について話し合う宗教者の国際会議において、部落問題について取り上げられたときに、日本の代表者の一人、町田宗夫師(故人。当時、曹洞宗宗務総長・全日本仏教会理事長)が「日本の部落問題は今はない」「部落問題、部落解放を理由に騒ごうとしている人がいるだけ」「百年前にそういう制度があったから、感情的に幾分残ったものがないではないが、誰も差別していない」などの発言を繰り返し、会議録から部落問題に関わる文字を削除させてしまった事件である。
  40年ほど前の事件やその後に関するあやふやになっていた記憶をはっきりさせるため、1990年ころにまとめておいた資料を引っ張りだし、当時の業界紙をはじめ新聞報道やさまざまな資料、拙(わたし)の私的な記録などを改めて読みながら、記憶を取り戻す作業を行い、話の大まかな構成を作り上げた。その上で部落問題とは何かとか忌避意識などについて、数冊の書籍などを参照しながらレジュメ作りを始めた。
 限られた時間の中で部落問題について正確な情報を伝える必要があり、適当な解説がないか調べたが、手もとの十数冊の書籍には部落差別のさまざまな事例、たとえば結婚差別や就職差別などを紹介するものが多く、〈定義〉を述べるようなものがなかった。そこで『部落問題・人権事典』(部落解放・人権研究所編、2001年新訂版)を見てみると次のような解説があった。

 

 (前略)現在、法律や制度あるいは社会的身分のうえで、部落あるいは部落民というものは存在しない。また日本国憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって、人種・信条・性別・社会的身分又は門地により、政治的・経済的又は社会的関係において、差別されない」と規定し、「法の下の平等」を謳っている。したがって、今日の社会において、部落差別はありえない。しかし、そのありえないものが、現実に厳然として存在していることは、またまぎれもない事実である。明治維新により封建制が解体し、日本が近代国家になってから、具体的には明治4年(1871)8月28日の太政官布告、いわゆる「解放令」以来、前述のごとく、法的・制度的には部落に対する身分上の差別扱いは表面的・形式的には消滅した。したがって部落および部落の人々を計数することは、そもそも本質的に疑点がある。また法的、制度的には部落は存在しないのであるから、ここを部落だと指定しあるいは判定することは何びとにもできないことである。だが、事実上、誤れる社会的通念と偏見によって、長い間部落とみなされてきた所、そして現にそうみなされている所が部落そのものであり、そしてそのいわゆる部落に生まれ、部落に育ち、現に部落に住む人々、また近年に部落に流入してきた人々、あるいは部落外に居住していても近い過去に部落と血縁的つながりをもつ人々が部落民とみなされているのが現状である。(後略)

 

  これは部落解放研究所(当時)の初代理事長・原田伴彦氏、二代目理事長・村越末男氏(いずれも故人)の解説である。これを読んでいて、町田師の発言は部落問題をとりまく状況のタテマエを言ったもので、残念ながら現実に厳然として存在する部落差別を「ないもの」にしようとした差別発言だったことを改めて確認できた。そして、部落差別をはじめあらゆる差別が、被差別者側の何らかの〈理由〉で差別される問題ではなく、差別者側が誤れる社会的通念と偏見によって差別している問題だということをも、改めて確信した。



2019.03.18 Monday 12:44
人権・平和・環境 comments(0)
檻の中のライオン(その3)

 楾大樹氏(はんどう・たいき=弁護士、ひろしま市民法律事務所所長)の「檻の中のライオン〜憲法ってなんだろう〜」という講演について、引き続き報告したい(文責・柚木)。楾氏は、国家権力を「ライオン」に、憲法を「檻」に譬えて、私たちに憲法についての正しい知識を伝える活動を続けている。
 

 憲法のセキュリティシステムについての話があった。権力というものは一ヵ所に集中すると乱用されがちである。国会が法律を作って、法律に基づいて裁判所がもめごと解決し、行政が様々な公共サービスなどを行うということが憲法に定められている。立法権(国会)・司法権(裁判所)・行政権(内閣)の「三権分立」である。権力の暴走を防ぐため、権力同士が互いにブレーキをかけるシステムになっているのだ。アクセルだけでは危ないから、ブレーキが必要なのである。ライオン(国家権力)が檻(憲法)を壊さないようにするために、檻の中に性格の違う三頭のライオンを入れておき、相互に監視させているのだ。そして、私たちが声を上げること、選挙や最高裁判所裁判官国民審査で私たちが一票を投じることもブレーキなのである。


 憲法違反をしたら、それはだめということになっているはずだが、最近、憲法違反が起こっている。前回報告した中でも触れたが、安倍政権は憲法を変えずに閣議決定で集団的自衛権を認め、安保法制を整えてしまった。国会できちんと議論していないのだ。歴代内閣は内閣法制局の集団的自衛権は憲法違反という見解を尊重、ライオンが手出しできない檻の外のことにして来た。ところが安倍晋三首相は内閣法制局長官を交替させ、自分に都合の良い人物を法律のチェック役に据え、その後に法整備を行った。運転手が車のブレーキを壊して、アクセルを強く踏み込み、檻を壊してしまったようなものだ。


 内閣が法案を作って、国会で議論して法律を制定する。議院内閣制だから内閣の人たちも国会に議席があり重複している。内閣が法案を作り、国会であまり議論せず、与党が多数決で法律を制定する。まるで内閣が法律を作っているかのようである。安倍首相は何度も「私は立法府の長である」と国会で発言している。後に「行政府の長」と訂正、お詫びをしているが、近年、三権分立について改めて考えさせられるようなことが起きていると思う。
民主主義は多数決だけではない。憲法53条に臨時国会の規定があり、そこに「(前略)いずれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、その召集を決定しなければならない」とある。1/4の少数派の主張も聞いて議論するという民主主義の規定だ。2017年6月に成立した「共謀罪」をめぐって野党側が求めた臨時国会の召集に安倍内閣は長く応じなかったばかりか、開会するや衆議院を解散した。この解散権の使い方が憲法違反ではないかという。


 裁判所には違憲審査権(81条)があり、政権をしばる働きがある。ただし、諸外国と違って日本の場合は、具体的な人権侵害事件が起きて、訴えが起こされないと裁判が始まらず、裁判所は違憲審査をしない。安保法制は違憲だと全国弁護士会が声明を出しても、裁判所は違憲審査をしない。だから、法律を作る段階で憲法に合った法律を作る必要があるのだ。


 憲法第12条には「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。(後略)」と記されている。普段、私たちが憲法のことを考えないのは、動物園に行って檻に注目したり檻のことを考えたりしないようなものだ。檻が頑丈だから安心して動物を見ることができ、憲法がしっかりしているから私たちは安心して暮らせるのだ。


 意見の違う人がいるのは当たり前、政治信条の右、左はそれぞれだが、憲法が上で権力は下、この関係が逆になってはいけない。これが法秩序である。いろいろな意見があっても良いが、この土俵の中で話し合おうということである。今、立憲か非立憲かが問われている。改憲論議は結構だが、憲法とは何かをよく知ってから議論すべきだろう。



2019.03.03 Sunday 09:29
人権・平和・環境 comments(0)
境内の黄梅と白梅
2019022316250000.jpg


2019.02.23 Saturday 16:25
東雲寺あれこれ comments(0)
ヒヨドリがミカンを食べに来ています

 

数年前に東雲寺の庫裡の前の庭先に小鳥の餌台を作りました。

冬の時期、ミカンを半分に切っておいておくと、ミカンの皮を残してきれいに食べて行きます。

かなりピンボケですが、台所のサッシの窓越しに撮影しました。



2019.02.21 Thursday 22:40
東雲寺あれこれ comments(0)
檻とライオン(その2)

 楾大樹氏(はんどう・だいき;弁護士、ひろしま市民法律事務所所長)の「檻の中のライオン〜憲法ってなんだろう〜」という講演について、前回に続いて印象深いところを報告したい(文責・柚木)。
  楾氏は「国家権力=ライオン」と「憲法を檻」に譬えて、人々に憲法についての正しい知識を伝え、国民主権の意味や民主主義について考えようという啓発活動を続けている。


 檻(=憲法)で何を守るのか。ライオン(=国家権力)を檻に入れているのは、ライオンが勝手に戦争を始めたり、国民の自由を奪ったりしないようにするためである。


 憲法9条2項「(前略)陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」とあり、交戦権は檻の外にある。自衛隊が1954(昭和29)に設立されたが、これは他国が攻めて来たときに自国を守るため(個別的自衛権)の組織であり、戦力ではないとされて来た。また、同盟国が攻撃されたときに自国への攻撃と見なして反撃できる集団的自衛権については、歴代内閣は9条との関係で行使できないとして来た。ところが安倍政権は2014(平成26)年7月に憲法を改正せずに閣議決定で憲法解釈を変えて集団的自衛権を認め、2015年9月には安全保障関連法を成立させた。ライオンが檻を壊し始めているのである。
 私たちが人間らしく暮らしていくことを邪魔するのはライオンである。専制政治、独裁政治では私たちに自由はない。ライオンを檻に入れておく  憲法で国家権力を縛っておくことで、私たちの自由が守られている。例えば民主主義の前提である表現の自由が21条で保障されている。檻がなかったら、政権批判をしたら弾圧されるかも知れない。戦前には表現の自由がなかった。戦争反対を口にすれば逮捕され拷問されるようなこともあった。憲法という檻が国家権力から私たちを守っているのだ。権力を批判することは権力を暴走させない大切なブレーキなのだ。
 自民党「改憲案21条」の表現の自由の条文には「公益及び公の秩序を害することを目的とした活動(中略)は、認められない」と書き加えられている。政権を批判してはいけないというのか。
また、憲法21条に書いてはないが、私たちには自由に情報にアクセスする権利(知る権利)がある。国家権力が何をしようとしているか、マスコミなどを通じて知ることができる。しかし、ライオンは檻の中を覗かれるのが嫌で、カーテンで隠そうとする。2013(平成25)年12月に成立した「特定秘密保護法」は政権内部を隠すカーテンになる。これまでも「黒塗りの文書」「文書がない」「記憶にない」などとして、見せたくないところをカーテンで隠しながら、格好良いところだけ見せて、民意をコントロールして来たように思う。いくら格好が良いからと言って無邪気に信じたり無批判に支持したりはできないのだ。

 憲法19条には思想及び良心の自由が書かれている。戦前には思想の自由がなく、取り締まりがなされた。憲法20条には信教の自由、政教分離が定められている。皇位継承の際に行われる大嘗祭は神道の宗教儀式、国費で賄うのは如何なものかという秋篠宮文仁親王の発言があった。親王の立場で政治的発言をする問題は別として、政教分離の問題に抵触する可能性があるだろう。異なる宗教を信じている人も税金を納めているのだから、特定の宗教に国費を支出するのは違憲なのである(89条)。同様に「公の支配に属しない慈善、教育、若しくは博愛の事業」にも国費支出は禁じられている。国有地払い下げの「森友学園問題」も違憲の問題と思われる。
  憲法22条には居住、移転、職業選択の自由、23条には学問の自由が記されている。1935(昭和10)年には、それまで通説とされていた「天皇機関説」が不敬であるとして美濃部達吉が排撃されその著作が出版禁止になる学説弾圧事件があった。こうしたことなどで昭和初期に言論の自由が壊され、軍国主義化が加速し、戦争に突き進んで行った歴史がある。
 私は聴講していて憲法改悪の危機感をより深めた。



2019.02.18 Monday 21:35
人権・平和・環境 comments(0)
涅槃会(お釈迦さまのお命日)法要

 

 

 2月15日朝9時から涅槃団子作りをし、午後1時30分より、そのお団子を涅槃図の前にお供えして、梅花講の皆さんと涅槃会の法要を修行しました。

 法要後、ご参加くださった講員各位とご家族の皆さまなどのご健康をお祈りしつつ、甘酒とお団子をいただきました。



2019.02.18 Monday 18:57
東雲寺あれこれ comments(0)
檻の中のライオン 憲法ってなんだろう

 

 1月20日(日)15時から町田市原町田の宗保院さま(鬼頭広安住職)で町田市仏教会理事会が開催され、来る4月の花祭りなどの明年度事業について話し合った。その後、16時〜18時30分に日本国憲法についての研修会が行われた。講師は楾大樹氏(はんどう・たいき=弁護士、ひろしま市民法律事務所所長)、演題「檻の中のライオン〜憲法ってなんだろう〜」という講演だった。市内寺院住職、副住職、寺族20名ほどが参加、聴講した。
 この講演は昨年7月に八王子市大和田町の大泉寺さま(久保井賢丈住職)で行われた同旨の研修会に参加した砂越聰志師(町田市南町田常楽寺住職)が、久保井奈美さん(当日の研修会「憲法カフェ」を主催した大泉寺寺族)と住職の賢丈師の助言を受け、講師の楾弁護士に出講を依頼し、日程調整をして実現したものだった。
楾弁護士は、2013年7月の参議院選挙の争点のひとつとなった「憲法96条改正論」や同年12月「特定秘密保護法」成立という状況を目の前にして、よく憲法を知らないままに議論が進み、改憲に向かうような風潮に危惧を抱き、憲法に関する啓発活動を始めたという。
 「憲法96条改正論」とは、同条の規定、憲法の改正は衆・参の各議院の総議員の三分の二以上の賛成で国会が発議し、国民投票などで過半数以上の賛成が必要なのだが、これを改憲しやすくするためハードルを下げようとする議論がなされていることである。また、「特定秘密保護法」については、何を特定秘密とするか曖昧であり、憲法で保障された国民の知る権利や人権、取材・報道の自由が阻害されるおそれがあるなどの問題が指摘されているのである。

 今回の講演は、まず、お相撲の例えから話が始まった。東西の力士が土俵の上で相撲を取る。政治的立場にも思想信条の右左があるが、その議論は土俵にあたる憲法というルールの中で行われなければならない。これが立憲主義である。ところが近年、政権・国家権力がこの土俵の形を自分たちに都合の良いように変えてしまっているのではないかとの指摘があった。
 そして憲法は誰が護らなければならないのか? 「国民みんな」か、「国民みんなではない」のかが問われた。参加者のほとんどが「国民みんな」の方に挙手した。すると、その答えとして憲法99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という、公務員が憲法を護る中で仕事をしなければならないということが紹介された。このことを知っただけで、政治の見方が変わるのではないかと楾弁護士が言った。なるほど、見方が変わる感じがした。
 私たちは基本的人権をなぜ持っているのか? それは「国から与えられたから」か、「憲法に定められているから」か。実はそうではなく、日本国憲法は、生まれながらにして自然に人間として幸せに生きる権利を持っているという「天賦人権説」に立っている。そのことが憲法11条や97条に記されている。こうした当たり前である基本的人権について、なぜ憲法に記されているのかというと、それは権力によって人権が侵害されて来た歴史があるからなのだ。
 しかし、自民党の改憲案では「天賦人権説」は西洋の考え方だからとしてなのか、基本的人権は国家によって国民に「与へられる」ものとし、第十章「最高法規」の第97条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」を全文削除している。

 楾弁護士は、強大な力を持つ国家権力を百獣の王ライオンに、憲法を檻に譬え、「檻の中のライオン」と名付けた憲法を学び話し合う集会「憲法カフェ」を月に15、6回のペースで開催中だ。『憲法がわかる46のおはなし 檻の中のライオン』(かもがわ出版、2016年)、『けんぽう絵本 おりとライオン』(同前、2018年)を出版、これらは小中学校の副教材などとして活用されている。



2019.02.03 Sunday 11:12
人権・平和・環境 comments(0)
紅梅が開花し始めました
2019020213220000.jpg
寒風の中、境内墓地内の紅梅が開花し始めました。


2019.02.02 Saturday 13:24
東雲寺あれこれ comments(0)
『法句経』を学びながら被災地支援を続けています

 東雲寺仏教講座「『法句経』を読む」を通して仏教の教えを学んでいます。

 参加者の皆さま方でご賛同頂ける方には災害の被災地復興支援のために資料代としてお一人200円ずつ頂戴しています。ご協力に感謝いたしております。

 これまでの義援金の集計結果とお届け先は次の通りです。

 

東日本大震災義援金
  2018年7月1日現在
    4,785,935円
熊本地震義援金
  2016年7月25日
    140,000円
九州北部豪雨
  2017年9月1日
    51,039円
平成30年7月豪雨・台風21号災害
  2019年1月4日現在
    209,641円
北海道胆振東部地震災害
   2019年1月4日現在
     110,000円

 東雲寺に寄託いただき、被災地にお届けしました。ありがとうございました。今後も継続して募金活動をいたします。

 



2019.01.28 Monday 08:20
東雲寺あれこれ comments(0)
1/78PAGES >>