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懺悔滅罪〜あの涕泣の理由〜

  私が生まれ育った福島県二本松市の大隣寺では毎月17日夕刻に「お逮夜(おたいや=忌日前夜の読経法要)」を行っていた。現在は師父・二十七世大徹祖堂大和尚(昭和57年11月25日示寂)の月忌命日逮夜である毎月24日に移行、修行されている。
 17日は大隣寺二十五世黙雄領禅さま(昭和4年7月17日示寂)の月忌命日、二十六世禅機魁学さま(昭和20年12月18日示寂)の月忌命日逮夜にあたり、毎月17日の夕方に寺内全員で『修証義(しゅしょうぎ)』を読誦供養していた。『修証義』は五章で構成されており、下記のように1月は一章、2月は二章というふうに読んでいた。
  第一章「総 序」
    1月、6月、11月
  第二章「懺悔滅罪」
    2月、7月、12月
  第三章「受戒入位」
    3月、8月
  第四章「発願利生」
    4月、9月
  第五章「行持報恩」
    5月、10月
 私が小学校低学年当時、毎月17日午後に福島県内各地から数名の住職方が大隣寺にお出でになり、寺内の者たちとともに『修証義』を読誦、お逮夜法要を修行していた。遠方の方はその夜一泊されて翌朝お帰りになったりした。その頃、お客さまがお寺に宿泊されることが珍しいことではなかったが、私たち子どもにとってお客さまが来るというのは、なんとなく嬉しいような、ウキウキするようなできごとだった。
 それはたぶん7月のお逮夜の日のことだったと思うが、福島県内K町G寺さまが大隣寺にお見えになった。G寺さまは到着するとすぐに玄関の次の間にあった庫裡のお仏壇にお線香を上げてお詣りされた。
 7月だから『修証義』第二章「懺悔滅罪(さんげめつざい)」を読む月だった。第二章は他の章より短く、法要が少しだけ早く終わって夕食になるし、私の誕生月の2月に読む章だったことなどから、私は第二章が好きだった。そういうわけで懺悔滅罪の意味も知らずに、考えもせずに、仏壇にお詣りしていたG寺さまに「懺悔滅罪やっぺない(やりましょう)」と言うと、G寺さまが声を上げて泣き出してしまった。大の大人が啼泣したことに驚き、その記憶が心に深く刻まれたが、なぜ泣いたのかの理由については近年までよく分からずにいた。


 母・真観院松雲妙韻禅尼(故高松ことさま、平成30年6月18日逝去、享年97歳)が最晩年に昔の思い出を私に手紙で書き送ってくれていた。以下はその一節である。

 

  (前略)ご前様(大隣寺二十五世黙雄領禅さま)がお留守の時は魁学方丈(後に二十六世となる禅機魁学さま)が代わって修行の指導をしたようです。間もなく魁学方丈が高林寺の住職となり、ある時、ご前様のお留守の時、大隣寺に来て修行僧を監督し、暗くなって帰路につき、途中で安達ヶ原の観世寺の辺りで忘れ物を思い出して引き返して来たら、お寺は真っ暗、もぬけの殻、坊さん逹は皆で遊び(芝居)に行ったとのことです。魁学様は玄関に坐禅して待って居たら、暫くして賑々しく皆が帰って来たのだそうです。魁学様が凄い顔で居たので皆で蒼くなり、坐禅させられ警策(きょうさく)をバッチバッチと打たれたのだそうです。中でも首謀者のK町のG寺様は警策が折れてふっとび、肩の肉が裂け血が出て、玉泉寺様は恐くなって実家に逃げ帰り、親戚の医者に手当てをして貰って、診断書を書いて貰ひ警察に訴えたとのこと。
  警察が大隣寺に来て、魁学様を出せと云う声を聞き、ご前様が奥から玄関に出られ、修行中のことは何人も口出しは無用と鶴の一声で収まったのだそうです。G寺様は、後日、人を介して詫びを入れ、大隣寺に戻った由。
  G寺様と梅侃さんは申し合わせて、七月十七日にはよく来山なさいました。時にはご前様のお弟子が沢山集まって巨邦会(大隣寺の山号に因む会名)等で一泊なさいました。警策の件はその折の話です。G寺様はあの警策で今自分が坊さんをして居られるのだと仰いました(後略)

 

 今日では傷害事件となる事案だが、戦前の叢林(そうりん=禅の修行道場)でのことだ。警策で懲らしめの指導があり、このことがG寺さま啼泣の背景にあったようだ。



2018.07.12 Thursday 10:32
住職雑感 comments(0)
境内のノウゼンカズラ
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2018.07.03 Tuesday 12:04
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ノウゼンカヅラとアジサイ
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2018.06.21 Thursday 08:05
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相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの

 6月11日(月)15時から市内のホテルで町田市仏教会の総会が行われた。市仏教会の行事は、4月上旬に行われる「花まつり」  お釈迦さまのお誕生をお祝いする法要と落語などの余興、そしてこの総会くらいなのだが、他宗派の寺院住職方とお会いできる数少ない機会なので、毎年できる限り出席しようと心がけている。だが、実際には他にはずせない用事が重なったりしてしまい、なかなか思い通りにいかないことの方が多い。
 今回は市仏教会の総会に、初めての試みとして研修が併設され、「津久井やまゆり園事件が問いかけるもの  障害者差別と優生思想」というタイトルの講演が行われるという案内があったので、ぜひ出席したいと思っていた。


 まだ記憶に新しい事件だが、この「津久井やまゆり園事件」とは一昨年(2016)の7月26日午前2時ころ、神奈川県立の知的障害者福祉施設に元職員(当時28歳)が、建物一階の窓ガラスを割って侵入、刃物で施設利用者を次々に刺し、男女19人が死亡、27人(職員3人を含む)が負傷した「相模原障害者殺傷事件」である。日本で発生した殺人事件としては、戦後、最悪の大量殺人事件と言われている。 


 この研修の企画をしたのは、市内南町田一丁目の常楽寺住職S師である。彼は、独特の思考回路を持っているように感じさせる、私にとって気になる青年僧の一人である。S師曰く、「津久井やまゆり園事件」が風化しているように感じている。間もなく事件から2年になるので、改めて事件の意味するものを学び、考えてみたかったとのことだった。彼が講師として招いたのは、公益財団法人「東京都人権啓発センター」派遣講師の大野精次氏。同センターのホームページに講師謝礼(一時間以内、1万7千円、一時間を越える場合、一時間1万5千円、いずれも税別)などと明示されており、予算的に頼みやすかったとのこと。また、このセンターが昨年(2017)1月に台東区橋場一丁目から港区芝二丁目に移転、曹洞宗宗務庁(曹洞宗の本部事務所)の隣りに開館したので、センターを訪ねて〈障害〉者スポーツの一つである「ボッチャ」を体験、展示資料を見るなどして来たという。


 S師が、人権啓発センターに対しやまゆり園で引き起こされた「相模原障害者殺傷事件」についての講演を依頼したところ、一般的な人権・差別問題に関する講師派遣を行っており、特定のテーマの講演依頼は請けてないと言われたそうだが、大野氏はS師の要望を容れて、「相模原障害者殺傷事件」に的を絞った講演をしてくださった。ただ大野氏自身は〈障害〉者福祉の専門家ではなく、人権・差別問題について活動されて来た人でもなく、築地から豊洲へ市場移転に関する東京都の事業の中で重要な役職を歴任して来た方とのことだった。都を退職後に、人権啓発センターの専務理事を経て、現在、人権問題研修講師をされている方という。
 この度の市仏教会での研修では、事件の概要、被告について、衆議院議長宛の手紙、優生思想、弱者は余計もの?、障害者の生きる権利、障害者基本法、青い芝の会の主張、優生保護法により強制不妊手術、出生前診断、ハンセン病患者への差別、やまゆり園事件の匿名報道、措置入院患者、政府の対応、ひとりひとりが問われているなどの柱立てのレジュメで、一時間余の講演とその後の質疑に丁寧に対応してくださった。


 今年になって旧「優生保護法」により知的障害を理由に不妊手術を強制されたことに対し、国家賠償を求める裁判が起こされている。また、ハンセン病が不治の病でなく、遺伝病でもないことが明らかになった後も、1996年4月まで「らい予防法」のもとで元患者に対する隔離が行われ、不妊手術を条件に結婚を認め、妊娠が分かると中絶を行って来た事実もあった。
 〈障害〉者の障害となっているものは、私たちの社会が作り出しているものであり、優生思想による差別であって、今回の「相模原障害者殺傷事件」の講演を聴講する中で、改めて人間存在の意味、人の尊厳について考えることができた。



2018.06.19 Tuesday 06:57
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境内のアジサイ

 

今年は久しぶりにアジサイの美しさに息を呑むようなことがあります。

写真撮影がへたくそで、本当のアジサイの色がお伝えできなくて残念です。



2018.06.09 Saturday 21:31
東雲寺あれこれ comments(0)
東雲寺境内のアジサイ

 

東雲寺境内のアジサイが見ごろです。

早朝のアジサイが一番ですが、カメラで撮ると、なかなか本当の色合いが出ません。

この写真は午後6時、夕方のアジサイです。



2018.06.09 Saturday 18:15
東雲寺あれこれ comments(0)
青少年教化員という名称が変更された背景

 5月20日ころだったと思うが、東雲寺にボーイスカウト東京連盟町田地区町田第七団の方が、長い間有り難うございましたと解団の挨拶に来てくださった。実は昨年末にも第七団の方が東雲寺にお出でになり、大晦日のときに毎年行っていた奉仕活動  除夜の鐘に来た方たちに焚き火の暖と温かい甘酒を提供することを、少子高齢化によって今年からできないという話があり、そして年度末の今年3月に解団すると予め知らされていた。
 第七団のキャンプ地が東雲寺裏手の丘の上、成瀬尾根の山道沿いにあるお寺の山林の中にあった。週末の朝や夏休みなどに拙が境内の掃除をしていると、スカウトの制服を着た小さな子どもたちがリュックを背負い保護者と一緒にキャンプ地に向かう姿をよく見かけた。また、土日などで一泊二日のキャンプのときには、当番の子どもたち二、三人が、東雲寺の水道からポリタンクに水を汲み、重そうに運び上げていた。
 いつから、どういう経緯で、東雲寺の山林内の場所をスカウトのキャンプ地として貸すことになったのか不明だが、東雲寺檀徒のSさん(故人。30年ほど前に数年間、東雲寺坐禅会に参加)がスカウト活動に熱心で、日本連盟か東京連盟などで重職にあった方のはずだ。たぶんこの方や檀信徒総代さん、先代住職との間でキャンプ地使用の話がなされたのではないかと思う。
 曹洞宗にも曹洞宗スカウト協議会というスカウト活動、社会教化活動を支援する組織があって、スカウトの進級に必要な「宗教章」取得のための研修会や全国各地、世界各地で行われるジャンボリーでの宗教礼拝を行うなどのとりくみを行っている。1974年4月、私も曹洞宗宗務庁(曹洞宗本部事務所)に奉職して間もない時期の数年間、この協議会の事務局をしていた。当時、宗務庁内の組織改革があったのだが、私が配属される直前まで曹洞宗布教部に「青少年課」というセクションもあった。ボーイ・ガールスカウト活動、夏休みの子どもたちを対象にした「緑陰禅のつどい」などを運営、活動するための技能を持つ青少年教化員という資格者を養成、活動を支援するなどしていた。しかし今日では、少子化や子どもたちを取りまく環境の変化などによって、スカウト活動も低迷し、禅のつどいの開催や日曜学校活動なども以前と比べて非常に少なくなって来ているようだ。また、近年、少子化のため全国各地で寺院住職が携わって来た幼稚園や保育園の閉園が相次いでいると聞く。
 今年2月下旬に開催された曹洞宗の定例議会で教団の規則や規程の変更が行われた際、「青少年教化員」という名称が「教化指導員」に変えられた。青少年教化員に任命されても、僧侶、住職として青少年対象に寺院内外で活動する場、機会がほとんど無くなってしまったためだろうと思う。
 今月の18日に先代住職・柚木能宣大和尚の一周忌を迎える。先代の遺品、就中、夥しい冊数の各種記録ファイル、蔵書などの整理をしている中で、「品川区伊藤国民学校 東雲寺疎開児童寮歌」と「東雲寺日曜学園 志のゝめ音頭」という楽譜を見つけた。いずれも「作詩 柚木能宣」とあった。「志のゝめ」は「東雲(しののめ)」のことだろう。寮歌は後述する「駒大児教」で活動していた時期、音頭は楽譜の右上に昭和23年4月13日とあるから、たぶん南多摩郡南村立南第二小学校の代用教員になりたてのころと思われる。先代は子どもたちに対する教化、教育に強い関心を持っていた。
 先代は戦中戦後の駒澤大学学生時代、児童教育部(内外から「駒大児教」と呼ばれた名門クラブ)に所属し、世田谷区の常徳院や横浜市鶴見区の大本山總持寺の日曜学校を担当、子どもたちとともに遊び、学び、仏教の教えを伝える活動をしていた。夏期の巡回伝道では全国各地へ部員数人で班を組んで出かけ、人形劇や舞踊、童話、ゲームなどを通して伝道活動を行った。
 先代が青春を捧げた駒大児教も2012年3月に廃部、約百年の活動に幕を閉じている。



2018.06.03 Sunday 22:25
住職雑感 comments(0)
東雲寺仏教講座『法句経』「千という数にちなんで」

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 昨年暮れからの東雲寺仏教講座では原始仏典『法句経』を読んでいます。

 『法句経』26章423詩句の中、今回は第7章「拝むに足る人(真人)」の94〜99詩句、第8章「千の数(千という数にちなんで)」100〜115詩句を拝読しました。中村元先生の『ブッダの真理の言葉』(岩波文庫)の語注によると、100〜115詩句は「かなり古い時代に由来するらしい」とのこと。紀元前4〜3世紀に成立したと言われている『法句経』の中でも、古い時代から仏教者たちによって唱えられていたお釈迦さまの教えということだろうか。

 

100 無益な語句を千たびかたるよりも、聞いて心の静まる有益な語句を一つ聞くほうがすぐれている。


101 無益な語句よりなる詩が千もあっても、聞いて心の静まる詩を一つ聞くほうがすぐれている。

 

102 無益な語句よりなる詩を百もとなえるよりも、聞いて心の静まる詩を一つ聞くほうがすぐれている。

 

103 戦場において百万人に勝つとしても、唯だ一つの自己に克つ者こそ、実に最上の勝利者である。

 

104、105 自己にうち克つことは、他の人々に勝つことよりもすぐれている。つねに行ないをつつしみ、自己をととのえている人、  このような人の克ち得た勝利を敗北に転ずることは、神も、ガンダルヴァ(天の伎楽神)も、悪魔も、梵天もなすことができない。

 

106 百年のあいだ、月々千回ずつ祭(まつ)祀(り)を営む人がいて、またその人が自己を修養した人を一瞬間でも供(く)養(よう)するならば、その供養することのほうが、百年祭祀を営むよりもすぐれている。


107 百年のあいだ、林の中で祭祀(まつり)の火につかえる人がいて、またその人が自己を修養した人を一瞬間でも供養するならば、その供養することのほうが、百年祭祀を営むよりもすぐれている。


108 功徳を得ようとして、ひとがこの世で一年間神まつり犠牲(いけにえ)をささげ、あるいは火にささげ物をしても、その全部をあわせても、(真正なる祭りの功徳の)四分の一にも及ばない。行ないの正しい人々を尊ぶことのほうがすぐれている。


109 つねに敬礼を守り、年長者を敬う人には、四種のことがらが増大する。  すなわち、寿命と美しさと楽しみと力とである。

 

110 素行が悪く、心が乱れていて百年生きるよりは、徳行あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。


111 愚かに迷い、心の乱れている人が百年生きるよりは、知慧あり思い静かな人が一日生きるほうがすぐれている。

 

112 怠りなまけて、気力もなく百年生きるよりは、堅固につとめ励んで一日生きるほうがすぐれている。

 

113 物事(ものごと)が興りまた消え失せることわりを見ないで百年生きるよりも、事物が興りまた消え失せることわりを見て一日生きることのほうがすぐれている。

 

114 不死(しなない)の境地を見ないで百年生きるよりも、不死の境地を見て一日生きることのほうがすぐれている。


115 最上の真理を見ないで百年生きるよりも、最上の真理を見て一日生きることのほうがすぐれている。

 




 



2018.05.28 Monday 07:36
仏教の教え comments(0)
解らないところを解る必要がある

  最近、テレビや新聞の報道などで「セクシャルハラスメント」「パワーハラスメント」などの言葉をよく耳にし、目にする。
  社会的に強い立場にある人間が、それに比して弱い立場にあるものに対して無自覚(?)にその人を深く傷つける言葉を口にしたり、相手の人格を無視した行為を行ったりしたことが次々と告発されているのである。セクシャルハラスメント、パワーハラスメントをした人間ーーそれがたとえ大きな権力を持った人間であろうと、政治家や政府高官であろうと、職を辞するようなことになったケースが国内外で何件かあった。
  30年ほど前の話だが、かつて拙(わたし)が勤務していた教団本部の事務所で、1989(平成元)年当時、流行語になりつつあった「セクハラ」という言葉を、後輩T師の口から発せられるのを初めて聞いたとき、拙はまったくチンプンカンプンで、その意味を理解することができなかった。しかし、それから間もなくして、「セクハラ」という言葉に、毎日のように女性職員の肩や首筋などを揉み、腰に手を回わし、ときに卑猥な言葉を口にし、それを「挨拶代わり」としていたR部長の言動を抑止する力があることを拙は知ることになった。
 私たちが生活する現代社会が、R部長のそれらの言動を「セクシャルハラスメント」と呼ぶことによって、その行為は社会的に許されない性的いやがらせであり、性的・差別的な言動だということを改めて確認したのである。それまで人格を無視され、性的対象物のように貶められ、それに対する怒りで顔を紅潮させながら耐え忍ぶことを強いられて来たことも、被害を受けて来た人びとが「セクシャルハラスメント」という言葉を手にすることによって、〔今日でもまだ勇気を振り絞る必要があるのだろうが〕抗議し、謝罪を求めることができるようになったのだ。
 「人権」という概念は、この「セクシャルハラスメント」の例と同様に、人としての尊厳を踏みにじっている何か不正義なこと(?)に気付き、その何かを除くためにとりくむ中で、ときにそれに名付けし、私たちが啓発され、社会の共感を得ながら成長し続けていくものだと思う。

 ということは、「人権」を学び続ける努力をし続けないと、チンプンカンプンで、それが分からないことということも出て来るのだろうと思う。その社会、その分野における権威であっても、実力者であっても、「人権」の学びを怠っていると、自身は「分かっている」と思っているらしく、周囲からの助言や注意を受けつけず、「分かってる」「分かってる」を繰り返し、結局、事を大きくしてしまっているようなことが目につく。

 

 話はまったく違うが、拙がかつて親しくご指導いただいたことのある、誠実な道元禅師研究者であられた春日佑芳先生(1929〜2002年、東京大学文学部倫理学科卒、防衛大学名誉教授)の『新釈正法眼蔵』(ぺりかん社、1995年)の「一生多生の参学  あとがきにかえて」の中に、先生の父上・春日佑幸師のエピソードが記されていて、そこに「解らないところが解る」というフレーズがあったのを思い出した。


 佑幸師は、旧制中学の国語・漢文の教師を退いた後、後半生の約20年間、『正法眼蔵』の解読にとりくんでいた。その研究成果がまとまると、曹洞宗大学(現駒澤大学)時代の恩師・衛藤即応先生(1888〜1958年、駒澤大学総長)に送りご指導を頂いていた。衛藤先生は近代曹洞宗の宗学の確立に尽された方だ。研究者や曹洞宗内では「衛藤宗学」として知られている。
 衛藤先生は、佑幸師の原稿を読んでは、それにコメントして返却。佑幸師が推敲、修正して、それをまた衛藤先生に届けるということをしていたようだ。「四訂」の原稿もあったという。
 その衛藤先生の佑幸師への励ましの言葉が「解らないところのある眼蔵家(『正法眼蔵』研究者)になってほしい」だった。衛藤先生は、『正法眼蔵』研究において、解らないところがどこかを解るぐらいまで研究するようにと言ったのである。
 「人権」も解らないところを解る必要があるのだ。



2018.05.21 Monday 14:11
人権・平和・環境 comments(0)
東雲寺仏教講座・文化講座参加者募集

 東雲寺仏教講座参加者募集中

 

お釈迦さまの「生」の言葉を記した

仏教最古の経典『法句経(ほっくきよう)』原題「ダンマパダ(真理の言葉)」を読んでいます。

 

5月27日(日)15時〜16時30分
6月24日(日)15時〜16時30分

 

◇ 参加費 無料(但し、ご賛同下さる方は、東日本大震災募金として資料代200円をお願いします)

◇ 資料や会場準備の都合上、参加希望の方は、必ず予めご連絡ください。

 

お申し込みは
     〒194-0044  町田市成瀬4-14-1 東雲寺
     FAX 042−721−2964
     TEL 042−726−5909
     Eメール butudou-sogen@vesta.ocn.ne.jp

 

7月〜9月第4日曜日午後15時〜16時30分
        明治大学名誉教授・圭室文雄先生の文化講座

今年は「鎌倉の寺院」がテーマです。

  7月22日「建長寺」

  8月26日「円覚寺」

  9月16日「光明寺」

で開催予定です。



2018.05.16 Wednesday 12:01
東雲寺あれこれ comments(0)
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