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成瀬名物東雲寺寄席(第11回)

 

9月1日から受付開始します。

 

成瀬名物東雲寺寄席(第11回)

        さん喬・新治二人会

 

日  時  2019年11月4日(月、振替休日)

             13時開場、13時30分開演

 

出  演  柳家さん喬、露の新治

   ゲスト 林家あずみ(三味線漫談)

 

木戸銭  1,000円

 

 



2019.07.03 Wednesday 13:22
東雲寺あれこれ comments(0)
東雲寺の梵鐘に刻まれた江戸期の村人の名前を確認しました

 

 毎日夕刻、梵鐘を九声打ち鳴らして、子どもたちに帰宅を促しています。

 この時期、夕陽に照らされた梵鐘を見てみると、成瀬の旧小字「東光寺」の方たちのお名前が読み取れました。夕陽の斜めの光線が陰刻の文字を浮き上がらせてくれていたからでした。

 

 

 成瀬の旧小字「会下山」の人たちの名前が読み取れました。

 144名刻まれているという名前を実際に読んでみようと何度も試みましたが、これまでは全てを読むことができませんでした。

今回、初めて全ての氏名を読み、写真撮影することができ、いくつかの書籍で翻刻されて来た資料と校合、正確な江戸期、延享2年(1745)の成瀬村の住民の氏名を確認することができました。

 

 



2019.06.30 Sunday 22:02
東雲寺あれこれ comments(0)
アジサイの美しさが写真では伝えられません

 

 朝方、庭掃除をしていて、ふと目にしたアジサイがとてもきれいで、家にもどってカメラを手にし、何度か撮影しました。残念ながら目で見た美しいアジサイの色を撮影できませんでした。



2019.06.30 Sunday 21:40
住職雑感 comments(0)
東雲寺仏教講座「『法句経』を読む」開催

 

 2019年6月23日(日)13時30分〜15時、「『法句経』を読む」第16回を開催いたしました。

第24章343詩句〜第25章370詩句までを拝読しました。次回は10月27日に開催予定です。

 

 7月からの夏季3ヵ月の毎月最終日曜日15時からは明治大学名誉教授・圭室文雄先生の近世宗教史の連続講座を開催します。

 

7月28日は「寛永寺の歴史について」

8月25日は「増上寺の歴史について」

9月29日は「勧修寺の歴史について」

 

  をテーマにご講演いただきます。

 聴講ご希望の方は、お名前、ご住所、電話番号を書いて、下記宛てお申し込みください。

 FAX 042-721-2964

 メール butudou-sogen@vesta.ocn.ne.jp

 ハガキ 194-0044 町田市成瀬4-14-1 東雲寺

 



2019.06.30 Sunday 21:30
仏教の教え comments(0)
仏教興起時のヴァルナについて(その3)

 仏教興起時代のヴァルナについて確かめたいことがあって、古代インドの歴史や原始仏教などの書籍、いくつかの仏教辞典類などに目を通したが、〈答え〉を見つけることができなかった。ヴァルナとは「ヒンドゥー教社会を四層の種姓に分割する宗教的身分制度である。共同体の単位であるジャーティも併せ、カーストと総称される。上位からバラモン(司祭者)、クシャトリヤ(王族)、ヴァイシャ(庶民)、シュードラ(隷民)の身分が存在」するとされる。(ウィキペディア、括弧内は柚木)


 すでに報告の通り、折々にご指導いただいている門馬幸夫先生(駿河台大学名誉教授、宗教社会学、東京都人権啓発センター委員)に仏教興起時代のヴァルナなどについてお尋ねしたところ、親切なお手紙をいただいた。その中で堀晄著『古代インド文明の謎』(吉川弘文館、2008年)や山口瑞鳳著『評説 インド仏教哲学史』(岩波書店、2010年)を紹介くださった。両書とも私の疑問に対する応答の範囲を超えたところに記されていたものだったが、非常に興味深く感じたので、早速取り寄せ『評説 インド仏教哲学史』の方は座右において味読し続けている。『古代インド文明の謎』の方は入手してすぐに読み終えた。このとき気になったところにポストイットを貼りながら読んだので、以下にその気になった箇所のいくつかを以下に紹介したい。

 

 インド文明史は、アーリヤ人の侵入という全く証明もされていない呪縛思想によって無惨な姿を呈していると、私には思えてならない。アーリや人が南ロシアから中央アジアを通って侵入し、インダス文化を滅ぼしたという威勢の良い説、あるいはインダスの退潮期に入り込んできたという折衷案が提示されてきたが、その根拠は言語学の仮説以外には何もないのである。言語の伝播は人間集団の移動を前提にするものでは決してない。政治的、経済的さまざまな要因が絡んでおり、単純な民族移動説は一九世紀の遺物に他ならない。(74頁)

 

 古代インド史に必ず記されているアーリヤ人の侵入が確かなことではないというのである。

 

 青銅器時代後期から初期鉄器時代の中央アジアには、他地域から侵入して在地の文化を圧倒した集団、あるいは文化は認められないであろう。青銅器時代前期、中期、あるいは金石併用期に遡っても、この状況は変わらない。インド・アーリヤ語族、あるいはインド・イラン語族の大規模な民族移動があったという仮説は、考古学的には支持するに足る証拠は全くない。しかし、歴史時代初頭のイランから北インドの住民がイラン系とインド系の人々だったことは間違いない。とすれば、人々の移動は青銅器時代や金石併用期時代以前、すなわち新石器時代に求めざるを得ないのである。(105頁)

 

 古代インドにアーリヤ人の大移動・侵入の証拠がないというのである。さらに遺伝子調査による新人(ホモ・サピエンス・サピエンス)の拡散に関する記述の中には次のような一文があった。

 

(前略)の波は後期旧石器時代末期の拡散に関連しているのだろうが、北ヨーロッパ、中央アジア、南アジア、北アフリカに同じタイプの人類が分布しているということは、黒人、白人、黄色人種などという人種分類は無意味であることを示唆している。肌の色は紫外線の強度に対する適応にすぎず、遷移的な分布を示すのである(ジャブロンスキー他 二〇〇五)。また、時間的にも一万年程度でこのような変化が起きてしまう表面的な現象にすぎないのである。
 この遺伝子分布地図によれば、北インドも南インドも同じタイプの人類が分布し、バルチスタン以西のイラン系のタイプとは一線を画していることが注目されよう。南インドには肌の黒いドラビダ系民族、北インドには肌の白いアーリア系民族が住んでいると一般には説明されているが、それらは肌色の傾向の違いにすぎず、遺伝子的には同じタイプに属していると考えられるのである。(35頁)

 

 これは侵入者と駆逐された人とが同じタイプに属するという、古代インド史の〈常識〉を覆す説である。



2019.06.04 Tuesday 21:46
住職雑感 comments(0)
東雲寺の花々

 

 

 

 

 

 

 

 



2019.06.03 Monday 21:59
東雲寺あれこれ comments(0)
『ダンマパダ』を読んでます

 

 紀元前4〜3世紀に成立したとされる初期仏教経典『法句経』ーー原名「ダンマパダ」(ダンマは真理、パダは言葉)で「真理のことば」とも訳されるーーを少しずつ読んで仏教の教えを学んでいます。

 今月は第4日曜日午後に所用があって、第3日曜日の5月19日14時30分から東雲寺仏教講座を開催しました。

 どなたでも参加いただけます。資料や会場作りのため、できれば予めの出席申込みをいただきたいと思います。

 今回は『ダンマパダ』の第23章「象」と第24章「愛執」の一部を読みました。

 後世、仏教教学が整理され、体系化される前、「耐え忍ぶこと」「心を落ち着かせること」「明かな知慧を身につけること」「愛欲の根を断つこと」などを初期仏教当時の人びとの身近な「象」や「猿」だったり「つる草」だったりを例えにして教えが説かれています。六波羅蜜の布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧に相当する教えだろうと思いました。

 来月は6月23日(日)13時30分〜15時の開催予定です。

 参加費は無料ですが、賛同いただける方にはお一人資料代200円をいただき、東日本大震災の被災地復興などのための募金にしていただいております。

 これまでに東雲寺に寄託されて東日本大震災の被災地にお届けした募金総額は 4,785,935円。

 また、以下の各地へもお届けしてまいりました。
 熊本地震  140,000円(2016年7月25日)
 九州北部豪雨   51,039円(2017年9月1日)

 平成30年7月豪雨・台風21号災害 209,641円(2019年1月4日)
 北海道胆振東部地震災害 110,000円(2019年1月4日)

 

 



2019.05.21 Tuesday 08:51
東雲寺あれこれ comments(0)
仏教興起時代のヴァルナについて(その2)

 最古の仏典『スッタニパータ』を学ぶため購入した宮坂宥勝訳『ブッダの教え スッタニパータ』(法蔵館、2002年)の「序文  最初期の仏教について」の中の「チャンダーラ」に関する記述に疑問を感じ、識者の方に手紙を差し上げご指導を仰いだ。
なお、「チャンダーラ」は「旃陀羅」と音写されて、中村元他編『岩波仏教辞典』では次のように解説されている。

 

旃陀羅 サンスクリット原語(スペル略)チャンダーラに相当する音写。インドの社会で最下層に属する身分をいう。上位の階層から触れるべからざるものとして差別され、不可触民と称された。古代の『マヌ法典』によれば、首陀羅出身の父と婆羅門出身の母との間に生まれた混血種をいい、四姓の外に落とされた。(後略)

 

 この「旃陀羅」については、経典や祖録、差別戒名などに存在しており、人権確立・差別撤廃にとりくむ人たちから曹洞宗はじめ各仏教教団が厳しく問われ、見解を求められて来た問題である。この問題などへの曹洞宗教団のとりくみの中で指導的立場でご尽力いただいた先生のお一人、奈良康明先生(1929〜2017年、台東区法清寺住職、駒澤大学総長、大本山永平寺西堂などを歴任)がもしご存命であればインド仏教文化史がご専門だった先生に真っ先にお教えを願ったところだが、残念ながらすでに遷化されており、それが叶わない。
 奈良先生とともに曹洞宗教団の人権・差別問題へのとりくみに尽力された門馬幸夫先生(駿河台大学名誉教授、宗教社会学、東京都人権啓発センター委員)に手紙を差し上げると数日後に返信を頂戴した。門馬先生は部落解放同盟栃木県連合会の和田献一氏らが永年とりくんでおられるインドのダリット(いわゆる四姓外の不可触民とされている被差別民)自立支援プログラムの活動で何度か現地を訪れている方である。

 

  書面を拝見しました。
  この件に関しましては、専門知識を持っていないため、以下の(目下の)考えはまったく小生の推測に基づくもので、詳しくは、やはり然るべき専門家にお伺いしたほうが確実と思われます。
  小生の考え
  宮坂宥勝氏の「種族の分類」の項の記述は、氏独自の見方の「分類」と思われますが、氏が他の文献から整理して記述した可能性もあります。
  が、小生のつたない管見の範囲では、「種族」(通常は英語文献も含め「部族・tribe」と記述が一般的です)と記述し、「部族」をこのように三分類にして記述する事例を小生はほとんど、知りません。
  これは、ポスト・ヴェーダー時代(仏教成立時代、前600年〜前320年頃)のアーリヤ人(アーリヤ系文化を奉じアーリヤと自称する民族)が農耕社会を築いた、とすることから、そのように分類した可能性もあります。
  ただし、以下のような書物では、そのような分類は出てきません。
 
      山崎元一『古代インド社会の研究』刀水書房、1986年
      コーサンビー著、山崎利男訳『インド古代史』岩波書店、1966年
      辻 直四郎責任編集『インド 悠久なる文化の全貌』名著普及会、1943年
     
   なお、「インド・アーリヤ人」(の東進)という考え方についても、現在は、それが言語学上の一仮説であり、考古学的・オリエント学・歴史学上では、いまだ証明されておらず、疑問視もされています。
    堀 晄(あきら)『古代インド文明の謎』吉川弘文館、2008年 (以下、古いインド思想、インド部族の宗教に関する文献を中略)
   以上、とりいそぎ、管見のかぎり、瞥見してみました。ご寛容を。

 

 というお手紙だった。そしてお手紙をいただいた日の夜、さらにお電話をいただきご親切な助言指導を頂戴した。特にアーリヤ人の東進が考古学的には確認されていないということや『スッタニパータ』よりも山口瑞鳳先生の『評説 インド仏教哲学史』(岩波書店)を読んではどうかなど、たいへん有益なお話しをお聞きすることができた。(つづく)



2019.05.21 Tuesday 08:17
住職雑感 comments(0)
仏教興起時代のヴァルナについて

  最古の仏典『スッタニパータ』を学ぶために新たに購入した宮坂宥勝訳『ブッダの教え スッタニパータ』(法蔵館、2002年)の「序文  最初期の仏教について」に、まことに不勉強な私ではあるが、私がこれまで他では見聞きしたことのない記述があった。「仏教の発生起源と多文化性とをよりグローバルに解明するためには仏教興起の時代は国家と種族とが共存する不均等社会であったことが、まず確認されなければならない」として、続けて農耕種族、林住種族、山地種族という三種の種族の分類、解説を記している。特に目を惹くのは、その中の林住種族についての次のような解説文である。

 

  狩猟採集生活をする種族である。当時、ガンジス平原を一面に覆っていた森林地帯に居住していた。たとえばチャンダーラ族(スペルや注記略、以下同じ)、プックサ族、そのほかである。
  彼らはインド・アリアン民族の東進につれてアリアン社会では階級外の存在として社会の最下層に組み込まれるに至った。
  たとえば、釈尊はチャンダーラを救って仏教徒にしたと伝える初期仏典やいくつかのチャンダーラ族にまつわる伝承があるのは、釈尊は彼らと同じ種族社会の出身であったからである。なお、釈尊がチャンダーラの問題を取り上げたのは、民族や社会的階層によって人間を差別するのを厳しく批判するためにほかならなかったからである。(後略)

 

 そして「種族の分類」の項の最後を以下のように結んでいる。長くなるが引用紹介する。

 

 仏教やジャイナ教が興起した当時、彼等の大部分は農耕種族であって、種族共同体を形成し、ガンジス河中流域の北岸地方に居住して、その北限はヒマラヤ前山山脈であった。もちろん、彼等はヴェーダ・アリアン社会に固有の階級制度である司祭階級・戦士階級・庶民階級・隷属階級のいずれにも入らない、階級外の存在いわゆるアウト・カーストである。このような古代インド固有の階級制度  階級はサンスクリット語でヴァルナというが、ヴァルナとは本来、皮膚の色を意味する  は、『ヤジュル・ヴェーダ』の成立期すなわち後期ヴェーダ時代にはすでに社会的に制度化されていた。
 釈迦族をはじめとする農耕種族がアリアン的社会体制における戦士階級として位置づけられたのは、彼等は本来、自衛のために武装した農耕民であったからである。たとえば釈迦族はすべて戦士族と呼ばれる。

 

  一読した印象として、随分と断定的な言い方がなされていて衝撃的だった。
  中村元著『原始仏教』(NHKブックス、1970年)の釈尊入滅当時にこととする文章の中では「生活物資が豊富となり、商工業が発達したのにともなって、貨幣経済の進展がいちじるしい」と記した後にヴァルナに関して次のように言う。

 

(前略)貨幣で評価される財産を多く所有する人が、社会的勢力をもつようになるのは当然であろう。都市には莫大な富が蓄積され、商工業者たちは多数の組合(原語などの注記略、以下同じ)を形成し、都市の内部の経済的実権を掌握していた。(中略)
いまや経済的実権を把握した人が社会的覇者として登場した。『たとえシュードラ(奴隷)であろうとも、財宝、米穀、金銀に富んでいるならば、クシャトリヤ(王族)でも、バラモンでも、庶民でも、かれより先に起き、後に寝て、進んでかれの用事を務め、かれの気に入ることを行い、かれに対して好ましいことばを掛けるであろう。』という社会的事情が、原始仏教聖典の中に認められている。

 

 さらに早島鏡正著『ゴータマ・ブッダ』(講談社、1979年)、奈良康明著『釈尊との対話』(NHKブックス、1988年)、山元一著『古代インドの文明と社会』(中央公論社、1997年)、中村元著『古代インド』(講談社学術文庫、2004年)などのヴァルナに関係する箇所を読んでみたが、宮坂氏のような解説文は見当たらなかった。このことに大きな疑問を感じて、識者の方たちに手紙を書いて、ご指導を仰ぐことにした。(つづく)



2019.05.13 Monday 09:02
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『法句経』を読む その次は?

 

  現在、東雲寺仏教講座では初期仏教経典のひとつ『法句経  ダンマパダ』を読んでいる。「ダンマ」は真理、「パダ」は言葉のことだ。仏教の開祖お釈迦さまの教えが423篇の詩句集の形で伝えられているものである。4月29日(月・祝日)には「『法句経』を読む」第14回講座を開催、294詩句〜319詩句でくらいまでを拝読した。一講座、90分で20余篇の詩句を読むことができるので、あと四、五回ほどで『法句経』全篇を読み終えそうである。毎年夏季の7月〜9月の3ヵ月は明治大学名誉教授圭室文雄先生に江戸時代の宗教信仰などをテーマにした連続講座をお願いしている。ということで『法句経』は来る5月、6月と10月〜12月の講座で五回となり、今年末には読み終えられそうなので、次はどんな仏典祖録を教材にして仏教を学ぶかについて考えた。

 2008(平成20)年8月から東雲寺仏教講座では、『般若心経』や『観音経』という比較的身近な経典を学び、さらに『正法眼蔵随聞記』や『典座教訓』『赴粥飯法』によって道元禅師の教えを学んで来た。2017(平成29)年12月からは『法句経』によって初期仏教の教えを学んでいる。となれば、次は『法句経  ダンマパダ』と並び称される初期仏教経典最古の『スッタニパータ』が良いだろうと思った。「スッタ」は経、「ニパータ」は集まりで、『経集』と訳される。
 書棚にある『スッタニパータ』関連の書籍をざっと見てみると、中村元訳『ブッダのことば』(岩波文庫、1984年)、荒牧典俊他訳『ブッダの詩機戞聞崔娘 原始仏典第七巻、1986年)、並川孝儀著『スッタニパータ  仏教最古の世界』(岩波書店、2008年)、今枝由郎訳『日常語訳 新編スッタニパータ  ブッダの〈智恵の言葉〉』(トランスビュー、2014年)、前谷彰訳『ブッダの教え  真訳・スッタニパータ』(講談社、2016年)があった。これらには『スッタニパータ』の研究書や抄訳も入っているので、さらに各書の参考文献などを手がかりに全篇訳の書籍を探すと、宮坂宥勝訳『ブッダの教え スッタニパータ』(法蔵館、2002年)他があることが分かり、インターネット「日本の古本屋」で検索、発注して入手した。
 仕事の合間にこの宮坂宥勝訳『ブッダの教え スッタニパータ』の「序文  最初期の仏教について」を読んだ。初期仏教について考える上で、いくつか興味深い記述があったので紹介したい。

 

   伝統的なバラモン教からみれば、確かに仏教は異端の宗教である。異端とされる最大の理由はナースティカ(無神論)、すなわちバラモン教のヴェーダ聖典の権威を否定し、創造主としての神の存在と階級社会を認めないということである。それは唯物論とジャイナ教と仏教とをもって代表と目される。
   これまでの仏教研究で見落とされたり、あるいは問題意識の埒外にあったのは、仏教とバラモン教との関わりについてはともあれ、啓示宗教としてのバラモン教に対する自覚宗教としての仏教やジャイナ教が本来、種族宗教に起源するということである。
   仏教の釈迦は釈迦族出身であり、ジャイナ教のヴァルダマーナはナータ族出身である。(後略)

 

  古代インドにアーリア人が数次にわたり西北から進出し、アーリア人の指導者であるバラモンたちが自らの宗教や生活様式などでインド全体を席捲して行った。それが現在のインドのヒンドゥー教の核となっているとされる。
 司祭者バラモンが、武士階級のクシャトリア、庶民ヴァイシャを設定し、その下に隷属民のシュードラを置いた。いわゆる四姓制度である。カーストとかヴァルナとか言われている身分差別の階級社会だ。そしてこのシュードラは非アーリア人であり、インドの先住民、さまざまな種族の人びとだったというのである。その種族のひとつがシャカ族であり、お釈迦さま在世当時、シャカ族の小国を取りまくマカダ国やコーサラ国などの大国はみなアーリア人が建設した国だった。こうした中でお釈迦さまは階級社会、四姓制度を否定する教えを説いていたというのだ。(つづく)



2019.04.29 Monday 20:24
東雲寺あれこれ comments(0)
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