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涅槃会(お釈迦さまのお命日)法要

 

 

 2月15日朝9時から涅槃団子作りをし、午後1時30分より、そのお団子を涅槃図の前にお供えして、梅花講の皆さんと涅槃会の法要を修行しました。

 法要後、ご参加くださった講員各位とご家族の皆さまなどのご健康をお祈りしつつ、甘酒とお団子をいただきました。



2019.02.18 Monday 18:57
東雲寺あれこれ comments(0)
檻の中のライオン 憲法ってなんだろう

 

 1月20日(日)15時から町田市原町田の宗保院さま(鬼頭広安住職)で町田市仏教会理事会が開催され、来る4月の花祭りなどの明年度事業について話し合った。その後、16時〜18時30分に日本国憲法についての研修会が行われた。講師は楾大樹氏(はんどう・たいき=弁護士、ひろしま市民法律事務所所長)、演題「檻の中のライオン〜憲法ってなんだろう〜」という講演だった。市内寺院住職、副住職、寺族20名ほどが参加、聴講した。
 この講演は昨年7月に八王子市大和田町の大泉寺さま(久保井賢丈住職)で行われた同旨の研修会に参加した砂越聰志師(町田市南町田常楽寺住職)が、久保井奈美さん(当日の研修会「憲法カフェ」を主催した大泉寺寺族)と住職の賢丈師の助言を受け、講師の楾弁護士に出講を依頼し、日程調整をして実現したものだった。
楾弁護士は、2013年7月の参議院選挙の争点のひとつとなった「憲法96条改正論」や同年12月「特定秘密保護法」成立という状況を目の前にして、よく憲法を知らないままに議論が進み、改憲に向かうような風潮に危惧を抱き、憲法に関する啓発活動を始めたという。
 「憲法96条改正論」とは、同条の規定、憲法の改正は衆・参の各議院の総議員の三分の二以上の賛成で国会が発議し、国民投票などで過半数以上の賛成が必要なのだが、これを改憲しやすくするためハードルを下げようとする議論がなされていることである。また、「特定秘密保護法」については、何を特定秘密とするか曖昧であり、憲法で保障された国民の知る権利や人権、取材・報道の自由が阻害されるおそれがあるなどの問題が指摘されているのである。

 今回の講演は、まず、お相撲の例えから話が始まった。東西の力士が土俵の上で相撲を取る。政治的立場にも思想信条の右左があるが、その議論は土俵にあたる憲法というルールの中で行われなければならない。これが立憲主義である。ところが近年、政権・国家権力がこの土俵の形を自分たちに都合の良いように変えてしまっているのではないかとの指摘があった。
 そして憲法は誰が護らなければならないのか? 「国民みんな」か、「国民みんなではない」のかが問われた。参加者のほとんどが「国民みんな」の方に挙手した。すると、その答えとして憲法99条「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」という、公務員が憲法を護る中で仕事をしなければならないということが紹介された。このことを知っただけで、政治の見方が変わるのではないかと楾弁護士が言った。なるほど、見方が変わる感じがした。
 私たちは基本的人権をなぜ持っているのか? それは「国から与えられたから」か、「憲法に定められているから」か。実はそうではなく、日本国憲法は、生まれながらにして自然に人間として幸せに生きる権利を持っているという「天賦人権説」に立っている。そのことが憲法11条や97条に記されている。こうした当たり前である基本的人権について、なぜ憲法に記されているのかというと、それは権力によって人権が侵害されて来た歴史があるからなのだ。
 しかし、自民党の改憲案では「天賦人権説」は西洋の考え方だからとしてなのか、基本的人権は国家によって国民に「与へられる」ものとし、第十章「最高法規」の第97条「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試練に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである」を全文削除している。

 楾弁護士は、強大な力を持つ国家権力を百獣の王ライオンに、憲法を檻に譬え、「檻の中のライオン」と名付けた憲法を学び話し合う集会「憲法カフェ」を月に15、6回のペースで開催中だ。『憲法がわかる46のおはなし 檻の中のライオン』(かもがわ出版、2016年)、『けんぽう絵本 おりとライオン』(同前、2018年)を出版、これらは小中学校の副教材などとして活用されている。



2019.02.03 Sunday 11:12
人権・平和・環境 comments(0)
紅梅が開花し始めました
2019020213220000.jpg
寒風の中、境内墓地内の紅梅が開花し始めました。


2019.02.02 Saturday 13:24
東雲寺あれこれ comments(0)
『法句経』を学びながら被災地支援を続けています

 東雲寺仏教講座「『法句経』を読む」を通して仏教の教えを学んでいます。

 参加者の皆さま方でご賛同頂ける方には災害の被災地復興支援のために資料代としてお一人200円ずつ頂戴しています。ご協力に感謝いたしております。

 これまでの義援金の集計結果とお届け先は次の通りです。

 

東日本大震災義援金
  2018年7月1日現在
    4,785,935円
熊本地震義援金
  2016年7月25日
    140,000円
九州北部豪雨
  2017年9月1日
    51,039円
平成30年7月豪雨・台風21号災害
  2019年1月4日現在
    209,641円
北海道胆振東部地震災害
   2019年1月4日現在
     110,000円

 東雲寺に寄託いただき、被災地にお届けしました。ありがとうございました。今後も継続して募金活動をいたします。

 



2019.01.28 Monday 08:20
東雲寺あれこれ comments(0)
40億年、いのちの旅(図書紹介)

 金曜日夜に放送されるNHKの「チコちゃんに叱られる!」というバラエティ番組を楽しみにして毎回観ている。永遠の「5歳」という設定の少女・チコちゃんが、私たちにとって当たり前過ぎて疑問に思わないようなことをお笑いタレントの岡村隆史はじめ出演する大人たちに質問する。普段は考えもしなかったチコちゃんの「なぜ?」に回答者が答えに窮する。するとチコちゃんのCGの顔が大きく赤くなって「ボーっと生きてんじゃねーよ!」という決めぜりふで叱られるという出だしだ。その後に取材によって集められた専門家たちのコメントや研究成果などが紹介され、解答が示されるという番組である。
 1月11日放送の中のひとつは、地球がなぜ自転しているかという疑問だった。原始地球に大きな天体が衝突(ジャイアント・インパクト)して地球が誕生、自転し始めたという。それは46億年前のことである。当時は自転一回転4時間ほどだったが、月の引力などでブレーキがかかり、地球の自転はほんのわずかずつ遅くなっている(一年で5万分の1秒ずつ遅くなっている)という。現在、一日24時間だが、遠い将来には一日25時間になり、さらに遠い遠い遠ーい将来には、地球の自転が止まる・・・・・。


 皆さんも子どもたちの「なぜ?」にとまどったことはないだろうか。ときに子どもの「なぜ?」が大人にとってはいつの間にか自明のこととして考えることを止めていた何か、たとえば天地自然の〈真実〉や私たち自身の人生、生命などの〈真理〉にダイレクトにつながる疑問だったりして、大いに考えさせられることもある。

 昨年夏、岩波書店『図書』の新刊案内に岩波ジュニア新書『40億年、いのちの旅』という書名を見て、そういえば私は子どものときからこういうことをずっと疑問に思っていたんだと、はたと気づき、すぐに購入し通読した。そして今日でも手の届くところにおいて時々ページをめくってはつまみ読みを続けている。
 実は私は岩波ジュニア新書のファンで、この新書の新刊には常に注意を払って来た。最先端の研究や技術開発などをその分野の専門家が分かりやすく書き下ろしているもので、私などが何かを学び始めるには最適な入門書なのだ。

 『40億年、いのちの旅』によると、現在、地球上の「いのち」・生きものは三千万〜一億種存在するというが、その祖先を遡っていくと、40億年前の原始地球の海の中で生まれた原始細胞・「いのち」に辿りつくというのだ。
 46億年前に地球が誕生し、熱い火の玉だった地球が永い時間をかけて少しずつ冷えてきたころ、「原始地球において、水蒸気や深海の熱水の中で、雷、放射線、紫外線、エックス線、地熱などのエネルギーによって、二酸化炭素、水素、二酸化硫黄、窒素、塩酸、メタン、アンモニアなどの無機の気体から簡単な有機化合物(たとえばアミノ酸)がつくられ、次に小さな有機分子が結合しあってタンパク質のような有機高分子がつくられたと考えられ」るという(87頁)。
 40億年の「いのち」の旅を一日24時間にたとえるという解説もなされていた(80頁)。
 1月1日零時にいのちが誕生し、3月中旬にシアノバクテリアが酸素を発生し始め、6月中旬に真核生物が現れ、9月下旬に多細胞生物が出現したことになるそうだ。
 11月下旬になってやっと生物は海から陸に上がり、同じころ頃最初の脊椎動物である魚が登場。12月中旬ころから恐竜が地上の覇者として繁栄を誇っていたが、12月25日午後6時ごろに絶滅。7百万年前とされる、最初のヒトが登場したのは、大晦日の午前10時過ぎとなり、私たちホモサピエンスの登場は20万年前とされるが、それは新年まで残り20分ほどに押し詰まった午後11時40分ころのことだという。
 詳しくは『40億年、いのちの旅』の一読をお願いしたい。心に留めておきたいのは私の「いのち」が40億歳余ということと、私たちヒトや動物、植物、昆虫、菌類などの祖先を遡っていくと原始細胞の「いのち」に辿りつくという〈真実〉である。



2019.01.25 Friday 07:34
住職雑感 comments(0)
日々変わらねど すべてに新たなり

 山形県上山市の寿仙寺住職・吉田時夫老師から季刊の『寿仙寺だより』110号(2019年1月)を頂戴した。これまでに二十七、八年間ご恵送いただいており、お元気でご活躍の老師の様子をお伝えくださる“便り”である。今回の「たより」の一面には青空のもと雪景色の寿仙寺のカラー写真と「日々変わらねど すべてに新たなり」と題した年頭の挨拶文が掲載されていた。四十五年ほど前、修行中の吉田老師が福井県の大本山永平寺で迎えた元旦の思い出が記されていた。

 

 住職が永平寺で勉強中の時のことです。元旦の朝を迎えると、法堂(はっとう=本堂)での朝のお勤めで、特別に禅師さま(永平寺の住職)に質問することが許されます。特に一年生は質問をするように先輩僧から厳しく指導を受けましたので、私も質問をすることになりました。時の禅師さまは目がご不自由でおられ、声に対しては特に配慮をしていたといいます。私の順番になりました。緊張の中での質問でしたので、文章的に正確だったかどうかは分かりません。
 「日々、朝・昼・夜の行事、坐禅、本講、作務(労働)に勤めています。今日も昨日と変わりません。修行僧にとって今日は何か特別の日なのでしょうか」
 これに対して禅師さまは私の心を斟酌して、はっきりと応えられました。
 「日々変わらねど すべてに新たなり」というものでした。
 いつもお正月を迎えると、この言葉がよみがえってきます。(後略)

 

 東雲寺の坐禅堂壁面に吉田老師から頂いた写真が三点掲示してある。坐禅堂入口の真上に「太白山天童景徳禅寺」(その昔、道元禅師が修行された中国の禅寺「天童寺」)の写真、その斜め左下に「大日如来」そして坐禅堂の奥の右側に「地蔵菩薩」。ひとつは吉田老師が1980(昭和55年)初冬に駒澤大学中国仏教史蹟参観団の一員として訪中した際に撮影した天童寺仏殿の写真であり、他の二つは、当時、吉田老師が休暇を利用して国東半島はじめ全国各地を訪れ撮影した石仏写真の中の二作品である。老師が東京都港区芝の東京グランドホテルで石仏写真の個展を開いたことがあり、そこで展示した作品の中から、後日、拙(わたし)が老師にお願いして頂戴したものである。
 実は吉田老師と拙(わたし)とは福井県の大本山永平寺で同時期に修行し、さらにその後、曹洞宗宗務庁(教団の本部事務所)にも一緒に勤務し、ほぼ二十年間、毎日顔を合わせ、週に一、二度は盃を傾けていた間柄である。

 老師はこれまでに数々の労著をものされており、代表作のひとつ『随想 曹洞宗と天皇制を考えるヒント』(1997年4月)が『山形新聞』「味読・郷土の本」欄に取り上げられることになった折には、当時、曹洞宗人権擁護推進本部事務局長を務めていた拙(わたし)に書評の依頼があった。以前、この書籍のもととなる四百字詰二百五十枚ほどのワープロ原稿を読み、ぜひ公刊すべしとお勧めした者として、推薦の一文を寄せて、その最後を次のように締めさせていただいている。

 

 (前略)「大逆事件」の「暗黒裁判」で死刑に処せられた内山愚童和尚の問題や、教団や宗教者の戦争荷担の問題についても多くのページを割いて検討し、吉田師は次のように言う。「今後同じ過ちを繰り返さない為にも、今日、この歴史をできるかぎり正確に理解し、その原因を見極め、歴史から学んでいかなければならない。これが自ら宗教人生を確立していく出発点のように思えてならない」と。
 ぜひ議論の素材とするため、教団内外を問わず識者の方がたの一読をお願いしたい。

 

 この書籍はその後に加筆増補され『曹洞宗と天皇制を考える』として2014年3月に東京新宿区の文芸社から新たに出版刊行されている。興味のある方、どうぞご一読を。
 吉田老師は常に「仏教とは何か」を確認する作業を続けつつ学びを深められ、その成果を『寿仙寺だより』にまとめ、檀信徒の方たちのみならず拙(わたし)などまで啓発くださっている。日々変わらねど、すべてに新たなりである。心して精進修行したい。



2019.01.07 Monday 09:33
住職雑感 comments(0)
除夜の鐘

 

 

 

 2018年大晦日の23時30分より除夜の鐘を行いました。 

 除夜の鐘を撞くのを待つ人たちの列です。



2019.01.04 Friday 16:15
東雲寺あれこれ comments(0)
『法句経』を読んでます

 

 東雲寺仏教講座『法句経』を読む(第10回)を開催いたしました。

 30名ほどの方がご参加くださいました。

 

197 怨みをいだいている人々のあいだにあって怨むこと無く、われらは大いに楽しく生きよう。怨みをもっている人々のあいだにあって怨むこと無く、われらは暮らしていこう。

210 愛する人と会うな。愛しない人とも会うな。愛する人に会わないのは苦しい。また愛しない人に会うのも苦しい。

 

 などの190詩句〜220詩句を中村元訳『ブッダ 真理のことば』岩波文庫、友松圓諦訳『法句経』講談社学術文庫などで読み比べながら読みました。

 



2018.12.24 Monday 08:21
東雲寺あれこれ comments(0)
『法句経』を読んでます

 紀元前4〜3世紀に成立した最古の経典、原始仏典のひとつ『法句経』を読みながら仏教の教えを学んでいます。

 中村元先生の『法句経』(岩波文庫)、友松圓諦師の『法句経』(講談社学術文庫)の現代語訳、友松訳詩、『法句経』漢訳およびその読み下しを併読しながら、『法句経』の教えを学んでいます。

 下記の「第14章 ブッダ」の190、191詩句は仏法僧の三宝、四諦八正道の教えが説かれています。

 興味のある方は、butudou-sogen@vesta.ocn.ne.jp に予めお申し込みくださり、

  12月23日(日)14時30分までに東雲寺本堂にお出でくださり、ご参加ください。

  明年は1月27日(日)14時30分〜16時に開催予定です。

 

 |翅叱機悒屮奪世凌人の言葉』(岩波文庫)
  「第14章 ブッダ」
190,191  さとれる者(=仏)と真理のことわり(=法)と聖者の集い(=僧)とに帰依する人は、正しい知慧をもって、四つの尊い真理を見る。  すなわち(1)苦しみと、(2)苦しみの成り立ちと、(3)苦しみの超克と、(4)苦しみの終滅におもむく八つの尊い道(八聖道)とを(見る)。

 

◆〕Ь菖つ『法句経』現代語訳(講談社学術文庫)
  「14 仏陀について」
190  仏陀と達磨と僧伽とに帰依するところの人は正しい智慧をもって四つの尊い真理を見ることができる。(仏・法・僧宝)
191  四つの尊い真理とは、人生の苦しみなること、その苦しみが何によって起ってきたかということ、次にはこの苦しみの離脱、次には苦の滅尽に達する八種の尊い形式のことである。(四諦)

 

 友松圓諦『法句経』(講談社学術文庫)
  「第14品 仏陀」
190  さとれるものと
        真理の法と
        和合の集まりに
        帰依するものは
        正しき智慧もて
        四つの聖なる
        真理を見るなり
191  くるしみと
       くるしみの
       おい立ちと
       離脱と
       くるしみの
       滅尽に導く
       八つの聖道

 

ぁ 慄ゞ膩弌抓遡(講談社)友松読み下し
  「第14品 仏陀」
190  如有自帰
       仏法聖衆
       道徳四諦
       必見正慧
  如し自ら仏、法、聖衆、道徳の四諦に帰する有らば、必ず正慧を見ん。
191  生死極苦
       従諦得度
       渡世八道
       斯除衆苦
  生死は極苦なり、諦に従って度を得、世を度する八道は、斯れ衆苦を除く。



2018.12.19 Wednesday 11:58
仏教の教え comments(0)
「眼横鼻直」は道元禅師の教えではない

 12月15日、横浜市保土ケ谷区上星川の「花しん」さんで、いつもお世話になっている諸先生方を囲んで恒例の年忘れの会を開催した。毎度のことだが、いつものメンバーで談論風発の中、楽しいひとときを過ごさせていただいた。今回は残念ながら石井修道先生(駒澤大学名誉教授)は先約があって欠席された。一月ほど前にこの会の案内状を差し上げたところ、先月末に石井先生から12月15、16日に駒澤大学禅研究所主催の国際シンポジウムがあるため欠席というお葉書をいただいた。さらに「忘年会の誘いをいただきありがとうございました。シンポジウムの案内を添付します。私の発表も添付しておきましょう」というeメールも頂戴した。添付されていたのは「『永平広録』成立考」という四百字詰め原稿用紙にすると80数枚になるご論考だった。
 早速、拝読した。前半は道元禅師の説法などをお弟子たちが記録、編集した『永平広録』に卍山本(流布本)と門鶴本(祖山本)系統の二つの写本の流れがあり、それを子細に比較検討してみると卍山本には道元禅師の主張と関係のない「眼横鼻直」の語が混入されるなどの改悪があるというのだった。これはかつて石井先生から頂戴した「『永平略録』考  十二巻『正法眼蔵』と関連して」(『財団法人松ヶ丘文庫研究年報』第11号、1997年3月)という論文でも指摘されていた問題である。

 

 『永平広録』10巻が、無外義遠(生没年不詳、中国南宋代の僧、如浄さまの法を嗣ぐ。つまり道元禅師の兄弟弟子にあたる)によって『永平略録』一巻に縮小編集された際に、道元禅師が中国宋代禅と訣別、「非連続」の教えを説かれたところが削除されてしまい、宋代禅と「連続」の教えのみのものに改悪されてしまった。その改悪された『永平略録』を参考にして校訂されたものが卍山本(流布本)『永平広録』なのである。
 石井先生は

 「私は宋代禅とは思想史的には〈非連続〉であるところにこそ道元禅の特色があり、道元の晩年の大きな変化とみる。それ故に、このように道元禅の特色が見失われたことは、日本の曹洞宗史の上で不幸なことであったというのが、私の結論である。/よって『永平略録』を継承する卍山本は、害のみあって、これを道元の著述として利用するのは、むしろ避けるべきだと私は思うものである」

 と断言されている。

 

 この石井先生の「『永平広録』成立考」というご論考を頂戴する数日前、東雲寺宛に送られて来たダイレクトメールの中に「やさしい仏教講義 〈当たり前〉こそが素晴らしい   〈眼横鼻直〉の教え」(ユーキャン出版事業部『やすらぎ通信』2018年秋冬号)があったのを思い出し、雑誌や新聞紙を積んでおいた中から探し出して改めて読んでみた。

 

 今回取り上げたのは、曹洞宗の開祖・道元禅師の言葉です。
 「目は横に、鼻は縦についているということに気づいて、余計なことに惑わされることがなくなった」
 日本での修行に飽き足らなかった道元禅師は、より深い仏さまの教えを求めて、当時は宋の時代だった中国に渡り、各地を巡った末に生涯の師と仰ぐ如浄禅師と出会われました。如浄禅師のもとで修行を積んだ道元禅師が、日本に帰国して述べられたのが、冒頭の言葉です。
 はるばる中国まで渡って気づいたのは、目は横に、鼻は縦についているということだった。道元禅師はそうおっしゃっているのです。
(後略)

 

 これが著名な師家(学徳のある禅僧)A師の講義録の冒頭部分である。ただし、文章の最後に「文責:編集部」とあるので、編集部が勝手にまとめた講義録か? 演題も編集部のでっち上げか?
  道元禅師の主張と関係のない「眼横鼻直」を道元禅師の教えとするような「講義」は、断じて講義などではないとだけは言える。

 

 なお、「『永平広録』成立考」の後半で石井先生は、「門鶴本」にも古い形を失っているところがあるという指摘をされる一方で、『永平広録』は晩年の道元禅師の主張として重要視すべきだということを改めて述べておられる。
 石井先生の誠に親切なご教示に感謝申し上げたい。



2018.12.16 Sunday 15:01
道元禅師の教え comments(0)
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