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圭室先生の連続講座開催

  本日、15時〜16時30分、今年も圭室文雄先生(明治大学名誉教授)のご法愛により、2019(令和元)年7月〜9月の連続講座を開催します。

  今年は第一回「寛永寺」、次回8月25日「増上寺」、3回目は「勧修寺」についてお話しいただく予定です。

 

 

 

 

 



2019.07.28 Sunday 22:41
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鮮やかにノウゼンカズラが咲いてます

 

 

昨年秋の風台風で大きな枝が折れてしまい、今年はどうかなと思っていましたが、一週間ほど前から鮮やかにノウゼンカズラが咲いています。



2019.07.27 Saturday 10:00
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参道石段など5ヵ所に手摺りを設置

 

 

お参りくださる方々の参道石段や歴住墓地の石段の上り下りを見ていてハッとすることがありました。住職自身も掃き掃除をしていて道石段を下りるときに危ないと思うことが幾度もあって、このたび参道石段4ヵ所、歴住墓地石段に手摺りを設置いたしました。ちょうどその設置工事の日に西成瀬のMさんからご寄進のお申し出があり、ご両親の菩提のためにご寄付くださることになりました。

 

 



2019.07.27 Saturday 09:53
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子ども坐禅会開催 夏休み最初の土曜日

 

7月20日(土)7時〜8時、子ども坐禅会を開催。

成瀬、成瀬台地域の子どもたち、山村子ども会の子どもたち、極真空手道場の矢野川先生と子どもたち、合計、子どもたち82名と保護者49名が参加してくださいました。

町田警察の少年係・吉原係長さん他2名の警察官(お一人は成瀬台の駐在さん)、成瀬中央小学校の坂西校長先生も子どもたちと一緒に参加してくださいました。

日程説明、『般若心経』読経、町田警察から夏休み中の注意事項のお話し、住職の話、坐禅作法確認、坐禅修行、最後の挨拶、プレゼント手渡し。



2019.07.20 Saturday 14:02
東雲寺あれこれ comments(0)
さん喬師匠の手ぬぐいで暖簾

 

柳家さん喬師匠から頂いた手ぬぐいが三本になりましたので、楽屋暖簾にしたいと思っていました。

これを娘のK子に言うと、暖簾作りを手伝ってくれました。

11月4日の東雲寺寄席の楽屋入り口にこの暖簾を掛けて、さん喬師匠と露の新治師匠をお迎えしたいと思っています。



2019.07.19 Friday 20:45
東雲寺あれこれ comments(0)
成瀬名物東雲寺寄席(第11回)

 

9月1日から受付開始します。

 

成瀬名物東雲寺寄席(第11回)

        さん喬・新治二人会

 

日  時  2019年11月4日(月、振替休日)

             13時開場、13時30分開演

 

出  演  柳家さん喬、露の新治

   ゲスト 林家あずみ(三味線漫談)

 

木戸銭  1,000円

 

 



2019.07.03 Wednesday 13:22
東雲寺あれこれ comments(0)
東雲寺の梵鐘に刻まれた江戸期の村人の名前を確認しました

 

 毎日夕刻、梵鐘を九声打ち鳴らして、子どもたちに帰宅を促しています。

 この時期、夕陽に照らされた梵鐘を見てみると、成瀬の旧小字「東光寺」の方たちのお名前が読み取れました。夕陽の斜めの光線が陰刻の文字を浮き上がらせてくれていたからでした。

 

 

 成瀬の旧小字「会下山」の人たちの名前が読み取れました。

 144名刻まれているという名前を実際に読んでみようと何度も試みましたが、これまでは全てを読むことができませんでした。

今回、初めて全ての氏名を読み、写真撮影することができ、いくつかの書籍で翻刻されて来た資料と校合、正確な江戸期、延享2年(1745)の成瀬村の住民の氏名を確認することができました。

 

 



2019.06.30 Sunday 22:02
東雲寺あれこれ comments(0)
アジサイの美しさが写真では伝えられません

 

 朝方、庭掃除をしていて、ふと目にしたアジサイがとてもきれいで、家にもどってカメラを手にし、何度か撮影しました。残念ながら目で見た美しいアジサイの色を撮影できませんでした。



2019.06.30 Sunday 21:40
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東雲寺仏教講座「『法句経』を読む」開催

 

 2019年6月23日(日)13時30分〜15時、「『法句経』を読む」第16回を開催いたしました。

第24章343詩句〜第25章370詩句までを拝読しました。次回は10月27日に開催予定です。

 

 7月からの夏季3ヵ月の毎月最終日曜日15時からは明治大学名誉教授・圭室文雄先生の近世宗教史の連続講座を開催します。

 

7月28日は「寛永寺の歴史について」

8月25日は「増上寺の歴史について」

9月29日は「勧修寺の歴史について」

 

  をテーマにご講演いただきます。

 聴講ご希望の方は、お名前、ご住所、電話番号を書いて、下記宛てお申し込みください。

 FAX 042-721-2964

 メール butudou-sogen@vesta.ocn.ne.jp

 ハガキ 194-0044 町田市成瀬4-14-1 東雲寺

 



2019.06.30 Sunday 21:30
仏教の教え comments(0)
仏教興起時のヴァルナについて(その3)

 仏教興起時代のヴァルナについて確かめたいことがあって、古代インドの歴史や原始仏教などの書籍、いくつかの仏教辞典類などに目を通したが、〈答え〉を見つけることができなかった。ヴァルナとは「ヒンドゥー教社会を四層の種姓に分割する宗教的身分制度である。共同体の単位であるジャーティも併せ、カーストと総称される。上位からバラモン(司祭者)、クシャトリヤ(王族)、ヴァイシャ(庶民)、シュードラ(隷民)の身分が存在」するとされる。(ウィキペディア、括弧内は柚木)


 すでに報告の通り、折々にご指導いただいている門馬幸夫先生(駿河台大学名誉教授、宗教社会学、東京都人権啓発センター委員)に仏教興起時代のヴァルナなどについてお尋ねしたところ、親切なお手紙をいただいた。その中で堀晄著『古代インド文明の謎』(吉川弘文館、2008年)や山口瑞鳳著『評説 インド仏教哲学史』(岩波書店、2010年)を紹介くださった。両書とも私の疑問に対する応答の範囲を超えたところに記されていたものだったが、非常に興味深く感じたので、早速取り寄せ『評説 インド仏教哲学史』の方は座右において味読し続けている。『古代インド文明の謎』の方は入手してすぐに読み終えた。このとき気になったところにポストイットを貼りながら読んだので、以下にその気になった箇所のいくつかを以下に紹介したい。

 

 インド文明史は、アーリヤ人の侵入という全く証明もされていない呪縛思想によって無惨な姿を呈していると、私には思えてならない。アーリや人が南ロシアから中央アジアを通って侵入し、インダス文化を滅ぼしたという威勢の良い説、あるいはインダスの退潮期に入り込んできたという折衷案が提示されてきたが、その根拠は言語学の仮説以外には何もないのである。言語の伝播は人間集団の移動を前提にするものでは決してない。政治的、経済的さまざまな要因が絡んでおり、単純な民族移動説は一九世紀の遺物に他ならない。(74頁)

 

 古代インド史に必ず記されているアーリヤ人の侵入が確かなことではないというのである。

 

 青銅器時代後期から初期鉄器時代の中央アジアには、他地域から侵入して在地の文化を圧倒した集団、あるいは文化は認められないであろう。青銅器時代前期、中期、あるいは金石併用期に遡っても、この状況は変わらない。インド・アーリヤ語族、あるいはインド・イラン語族の大規模な民族移動があったという仮説は、考古学的には支持するに足る証拠は全くない。しかし、歴史時代初頭のイランから北インドの住民がイラン系とインド系の人々だったことは間違いない。とすれば、人々の移動は青銅器時代や金石併用期時代以前、すなわち新石器時代に求めざるを得ないのである。(105頁)

 

 古代インドにアーリヤ人の大移動・侵入の証拠がないというのである。さらに遺伝子調査による新人(ホモ・サピエンス・サピエンス)の拡散に関する記述の中には次のような一文があった。

 

(前略)の波は後期旧石器時代末期の拡散に関連しているのだろうが、北ヨーロッパ、中央アジア、南アジア、北アフリカに同じタイプの人類が分布しているということは、黒人、白人、黄色人種などという人種分類は無意味であることを示唆している。肌の色は紫外線の強度に対する適応にすぎず、遷移的な分布を示すのである(ジャブロンスキー他 二〇〇五)。また、時間的にも一万年程度でこのような変化が起きてしまう表面的な現象にすぎないのである。
 この遺伝子分布地図によれば、北インドも南インドも同じタイプの人類が分布し、バルチスタン以西のイラン系のタイプとは一線を画していることが注目されよう。南インドには肌の黒いドラビダ系民族、北インドには肌の白いアーリア系民族が住んでいると一般には説明されているが、それらは肌色の傾向の違いにすぎず、遺伝子的には同じタイプに属していると考えられるのである。(35頁)

 

 これは侵入者と駆逐された人とが同じタイプに属するという、古代インド史の〈常識〉を覆す説である。



2019.06.04 Tuesday 21:46
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