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周行七歩

 先週日曜日の4月8日は仏教の開祖お釈迦さまのお誕生日「花まつり」だった。
 毎年、東雲寺では花まつりの前日、4月7日に東雲寺梅花講(仏教賛歌である詠讃歌〈御詠歌や御和讃〉をお唱えする信仰組織)のご近所の講員さん数名の方にお願いして花御堂作りをしていただく。花屋さんから季節の花を求め、さらに各家の庭先に咲く花などを持ち寄っていただき、お堂の屋根(屋根張60センチ四方)や柱などに花々を糊付けして飾る。4月8日当日の早朝に右手で天を指し左手で地を指す独特の姿の誕生仏を花御堂内の浴盤(直径30センチの金属製のたらい)の中央にお祀りし、甘茶をたらいに五分ほど注ぎ入れ、お釈迦さまの頭上から甘茶を濯ぐ。朝の勤行で降誕会のお経を読み、午後一時半からは梅花講の皆さんによって詠讃歌を奉詠して、お釈迦さまのお誕生をお祝いする。いつもの年ならば桜が満開の時季と重なることが多く、大勢の方が花見が訪れ、花御堂にお参りされるのだが、今年は葉桜で参詣者もまばらだった。
 四半世紀ほど前のことだが、曹洞宗宗務庁(曹洞宗教団の本部事務所)に勤務していた折、4月8日に役職員全員が参列して釈尊降誕会法要が修行され、その後、石附周行伝道部長(当時。現在、大本山總持寺副貫首、大雄山最乗寺住職)が花まつりに因んで法話をしてくださった。その冒頭、ご自身の「周行」という名は、お釈迦さまがお生まれになってすぐに四方に七歩あまれて右手で天を指し左手で地を指して「天上天下唯我独尊」と仰られたとされる「周行七歩」に由来することを話された。当時すでに拙は周行老師を存じ上げて二十年ほどになっていた。心から尊敬し憧れの禅者・周行老師のお名前のことさえ理解していなかった拙の勉強不足を恥ずかしく思ったことである。
 1243(寛元元)年に道元禅師が京都から越前(福井県)へ移住し、翌年に大仏寺を建立、その二年後の1246(寛元4)年6月15日に寺号を永平寺と改称した際の説法に「(前略)世尊降誕して、一手は天を指し、一手は地を指し、周行七歩して云く、『天上天下唯我独尊』と。世尊道えることあり、これ恁麼なりといえども、永平道うことあり、大家(この場の皆さん)証明すべし。良久して云く、天上天下当処永平」(『永平広録』177)という教えもあった。
 なお、東雲寺の六角釈迦堂に奉祀されている白鳳時代の誕生仏は、左手を上に右手を下にしている。これには「古代の作例四例が知られるのみで、中近世の例はなく、教義的な根拠は見当たらない。/なお、南伝仏教(中国南部以南―インドシナ、タイ、マレーシア等)の遺品は左手を上げているものが多いが、その関連は定かではない」という田中義恭氏(東京国立博物館資料第一研究室長・当時)の解説がなされている。
 お釈迦さまの誕生に関するもっとも古い伝承と思われることが、原始仏典の中で最古のもののひとつとされる『スッタニパータ』 の中にある。中村元訳『ブッダのことば(スッタニパータ)』(岩波文庫)の679〜698詩句である。
 その概要は、アシタ仙人(シャカ族の宮廷僧)が坐禅をしているときに、帝釈天や30人の神々が踊りあがって喜ぶ様子が見えた。それはシャカ族のルンビニ村に、やがて〈さとり〉を開いて仏となるであろう菩薩が、多くの人びとの利益安楽のために人間界にお生まれになったからだという。そこでアシタ仙人は、その菩薩に会いに行き「黄金のようにきらめき幸福に光り輝く尊い顔の児」、「月のように清らかで、太陽のように輝く児を見て、歓喜を生じ」た。「仙人は、こころ喜び、嬉しくなって、その児を抱きかかえた。   その児は、頭の上に白い傘をかざされて白色がかった毛布の中にいて、黄金の飾りのようであった」。仙人は「シャカ族の牡牛(のような立派な児)を抱きとって、(特相を)検べたが、心に歓喜して声を挙げた。   『これは無上の方です。人間のうちで最上の人です。』」と言ったというのだ。
 この原始仏典の段階では「周行七歩」や「天上天下唯我独尊」などの伝説はまだできていなかった。



2018.04.15 Sunday 20:43
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花まつり、お釈迦さまのお誕生日です
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花御堂に誕生仏をお祀りし、甘茶を灌いでお祝いします。


2018.04.08 Sunday 12:32
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シャクナゲが見ごろです
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2018.04.08 Sunday 12:27
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どこにあった道しるべなのか?

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 東雲寺の鐘楼堂の近くに、かつて旅人たちを案内したであろう「左 東海道」「右 中仙道」という石柱の道しるべがあります。

 先代住職にどこにあったものかを尋ねたことがありましたが、分からないとのことでした。

 成瀬を含む旧南村地区内の街道沿いのどこかにあったのだろうと思います。

 



2018.04.04 Wednesday 13:15
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シャクナゲが咲きました
2018040216570000.jpg


2018.04.02 Monday 16:57
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境内の桜

 

2018年3月30日14時撮影



2018.04.02 Monday 10:46
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東雲寺の横台門

2018年3月30日14時の横台門からの参道

 



2018.04.02 Monday 10:41
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東雲寺茶室裏手の桜
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2018.03.26 Monday 18:05
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東雲寺境内墓地の桜
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2018.03.26 Monday 18:02
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もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である

 もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。愚者でありながら、しかもみずから賢者だと思う者こそ、「愚者」だと言われる。『法句経』63詩

 

 3月25日(日)15時〜16時30分、東雲寺仏教講座「『法句経』を読む」第4回を開催。

 中村元訳『ブッダの真理のことば、感興のことば』(岩波文庫)の第4章「花にちなんで」51詩から第5章「愚かな人」72詩までを友松圓諦訳『法句経』(講談社学術文庫)邦訳や現代語訳、さらに同師の『法句経』(講談社)に収録されている漢訳、その読み下しを読みくらべながら、仏教の教えを学んでいる。

 自ら未熟で愚かである。私には学ぶことがまだまだある、あらゆる人やものごとから学びたいと思っているならば、そういう人を賢いと言うのだ。その逆に、自分は賢い、何でも知っている、もう学ぶことがない。そして自分以外の人々は愚かだ、と思っているようなひとは、本当の愚か者だということだろう。

 話は変わるが、映画『男はつらいよ 寅次郎 真実一路』(1984年12月)に「蒸発」した夫を捜す人妻(大原麗子)とともに旅する中で、人妻に心惹かれる自身を「醜い」と言う寅次郎に、妹さくらの夫・博が「にいさん、己の醜さに気づいている人間は決して醜くありません。本当に醜いのは自分の醜さに気づいていない人間です」と慰める場面がある。

 私は、『法句経』63詩の教えを読んだ瞬間に、寅さんの前述の「自覚」を思い出し、それは『法句経』の教えに通ずる「真実」を言っているに違いないと思った。

 



2018.03.25 Sunday 21:23
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