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NPO法人成瀬会館 歴史文化講座

成瀬会館歴史文化講座

主 催  NPO法人 成瀬会館

講 師  東雲寺住職 柚木 祖元

日 時  11月18日(日)14時〜15時30分

会 場  成瀬会館ホール

演 題  東雲寺/地域の人々と歩む400年(後半)

参加費  500円

申込み  氏名、住所、電話番号、FAX番号を書いて下記へお申し込みください。

      成瀬会館  042−850−9558

 

今年2月に同じ演題で江戸時代後期までのお話ししましたが、今回はその続きをお話しします。



2018.11.05 Monday 14:10
成瀬あれこれ comments(0)
成瀬名物東雲寺寄席(第10回)

露の新治師匠の発案・命名で始まった「成瀬名物東雲寺寄席」が第十回を迎え、11月4日(日)13時30分〜16時30分、大勢の落語ファンの皆さんが東雲寺本堂を埋め尽くして、大入満員で開催されました。

今回も柳家さん喬師匠・露の新治師匠の二人会、ゲストに三遊亭絵馬さん(紙切)にご出演いただきました。

演目は

「抜け雀」 新治師匠

「寝床」  さん喬師匠

「きせる」 新治師匠

 中入

 切紙   絵馬師匠

「幾代餅」 さん喬師匠

 

お客さまのお一人Sさんの似顔絵を紙切中。

 



2018.11.05 Monday 13:41
東雲寺あれこれ comments(0)
東雲寺仏教講座『法句経』を読む 参加者募集中

東雲寺仏教講座を開催します。
お釈迦さまの言葉がお弟子たちによって記憶され語り伝えられ、それらが紀元前4〜3世紀に編纂されて『法句経』になりました。仏教経典の中で最古の一つとされる『法句経』を読みながら、仏教とは何かを考えます。どうぞご参加ください。

11月25日(日)14時30分〜16時
12月23日(日)14時30分〜16時
これ以降、原則として毎月第4日曜日の午後に開催の予定です。

◇ 参加費 無料(但し、ご賛同下さる方は、豪雨、震災等の被災地復興支援募金として資料代200円をお願いします)
◇ 資料や会場準備の都合上、参加希望の方は、必ず予めご連絡ください。

お申し込みは
〒194-0044  町田市成瀬4-14-1 東雲寺
FAX 042−721−2964
TEL 042−726−5909

Email butudou-sogen@vesta.ocn.ne.jp
 



2018.11.02 Friday 12:02
東雲寺あれこれ comments(0)
昭和薬科大学 実験動物慰霊法要

 

 

 

毎年10月の中、下旬の水曜日に昭和薬科大学(町田市東玉川学園3丁目)において実験動物の慰霊法要を修行しています。

今年は10月24日(水)12時より、理事長、学長先生はじめ教職員の皆さん、学生さんたちが参列、読経中に慰霊碑の前卓に献花しご供養しました。



2018.10.25 Thursday 12:21
成瀬あれこれ comments(0)
『法句経』を読んでいます

 

東雲寺仏教講座で『法句経』を読んでいます。

岩波文庫の中村元訳『ブッダ真理の言葉』、友松圓諦訳『法句経』の現代語訳、友松作詩、漢訳の4つを比較しながら、『法句経』の説くところを推しはかり学んでいます。

今回は第10章「暴力」137詩句から第12章「自己」164詩句を読みました。

160詩句には有名な「おのれこそ おのれのよるべ/おのれを措きて/誰によるべぞ/よくととのえし/おのれにこそ/まことえがたき/よるべをぞ獲ん」がありました。



2018.10.22 Monday 21:24
仏教の教え comments(0)
桜の倒木を撤去

 

  ようやく重機の手配ができ、台風24号の強風で倒れた参道の桜の後片付けをしています。

 現在、吊り上げている根っこ部分だけで1.3トンの重量があるとのこと。

 参道の石畳の補修、石垣の補修にはまだ1週間ほどかかります。

 参道利用の方にはご注意くださるようお願いいたします。



2018.10.12 Friday 13:48
東雲寺あれこれ comments(0)
馬場紀寿著『初期仏教 ブッダの思想をたどる』を読み心に残ったこと

 気になるところに付箋貼りながら馬場紀寿著『初期仏教 ブッダの思想をたどる』(岩波新書、2018年8月)を読み終えた。その中で心に残った箇所のいくつかを以下に記す。

 

 信者ではない者に対する第一段階の教えとしての「贈与(施)、習慣(戒)、天界(生天)」と、聞き手にさらなる教えを聞く準備ができた第二段階の教えとしての「苦、原因、停止、道」すなわち「四聖諦」とが、区別されている。仏教を知らない聞き手にふさわしい教えを説いたうえで、それを聞いて心が澄んだ者には、仏教の核心となる「諸仏の卓越した説法」を説くのである。

 第一段階の教えが「贈与、習慣、天界」という順序になっているのは、前二者を実践することによって、天界への再生が実現するからである。聞き手が抱いていたであろう願望を前提として、贈与の実践と正しい習慣の定着を促したのである。(112頁)

 

 贈与とともに、他者への倫理と定期的な禁欲が、天界に再生する道であるというのが、未信者に対する第一段階の教えである。仏教以前から存在していた生天信仰を、祭式から切り離し、贈与と良い習慣をその条件とすることによって「倫理化」しているのである。(117頁)

 

これは、まず相手の土俵で願望に合わせて説き、さらに仏教の教えを説くという次第説法についての記述である。漢訳の「布施」「持戒」が原語からの翻訳で「贈与」「習慣」としている。

 

(前略)行為を根本から正すには、たんに行為を律するだけではなく、心そのものを正さなければならない。仏典には、諸仏の偈として有名な、次のような詩がある。
  一切の悪をなさないこと、
  善を具えること、
  自らの心を清めること、
  これが諸仏の教えである。
 悪をなさず、善を身につけるという自律は、究極的には心を清めることを必要とする。(139頁)

 

 この詩は「諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意、是諸仏教」と漢訳された「七仏通誡偈」だ。

 

  「自己」だと思われている個体存在は、じつは六つの認識器官の束に過ぎない。たしかに、私たちは日常生活や社会経験として、「わたし」や「自己」という存在を自明のものとして生きている。しかしじつはそこには主体はなく、存在するのは個々の認識器官である。これが「六処」の思想である。(中略)漢訳で「非我」とか「無我」とされている原語は、「自己」だと思われているもののどれひとつとっても「自己ではない」ことを意味している。日本ではしばしば誤解されているが、「無我」の本来の意味は、私心がないことでも夢中になることでもないのである。(154頁)

 

 「六処」とは「眼、耳、鼻、舌、身、意」の六つの認識器官のことであり、その「各認識器官は自己ではなく、自らのものでもない」(155頁)とし、この考え方が「空の思想」の原初の形だという。

 

(前略)先行する解脱思想に対し、仏教はその意味をまったく換えている。解脱とは、もともとは「再生の連鎖からの真の自己の解放」だったのに対して、仏教では「欲望・生存・無知からの心の解放」なのである。
ここで興味深いのは、「自己」ではなく、無常な「心」をこの文の主語としたことによって、真の自己が輪廻から解放されるという「解脱」にあったもとの意味は消えていることである。解脱は、それに代わって輪廻という「自己の再生産」からの解放を指すことになる。この点で、仏教は、「解脱」という言葉の意味を換骨奪胎したのである。(192頁)

 

 先行する解脱思想とはバラモン教やジャイナ教における解脱についての考え方で、いずれも「再生の連鎖=輪廻」からの「真の自己・主体」の解放を説いた。が、仏教は「欲望(快楽、執着のひとつ→取)・生存(有)・無知(無明)」という「十二支縁起(無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死)」に対応する「自己の再生産」から無常な「心」の解放、十二支縁起の停止を解脱としたというのだ。
 関心のある方、どうぞ一読されたい。



2018.10.12 Friday 13:30
仏教の教え comments(0)
台風24号の強風により参道の桜が倒れる

 樹齢61年の参道の桜が台風24号の強風によって倒れてしまいました。

 ご覧のように石畳や参道の舗装、石垣なども壊れてしまいました。ただ、不幸中の幸いと言わねばならないのは、南風だったため東雲寺の前にある杉山神社や門前のお宅などの方ではなく、北側のYさんの畑に倒れてくれたことです。

 さっそくお檀家さんの植木屋さんに連絡を取り、伐採、除去していただく手はずになっています。

 このほか、東雲寺への車道に沿った北側の花桃が数本、倒れたり、太い枝が折れたりしています。

 境内墓地には枯れ枝や木の葉が吹き飛ばされて来ており、掃除が終わるには一週間以上かかると思われます。

 東雲寺の東側の丘の上に、2011年4月から13年4月まで3年間かけて植えた、早咲きのカンヒザクラや河津ザクラなどから遅咲きの八重桜まで、8種類36本の桜の内、3本が根元から倒れ、さらに2本は風に煽られて北方向に傾いてしまっています。植木屋さんたちが街の中の街路樹の倒木などの片付けが終わったら、駆けつけて来てくれるそうです。



2018.10.01 Monday 12:56
住職雑感 comments(0)
『初期仏教 ブッダの思想をたどる』を読む

 10月から東雲寺仏教講座を再開する。「『法句経』を読む」の第八回目になる。
 10月第四日曜の28日には相模原市緑区根小屋功雲寺様の「道了大祭大祈祷法要」があるので、第三日曜(10月21日)15時に開催するが、東雲寺の講座は原則的に毎月第四日曜午後開催である。


 『法句経』は原始仏教聖典の中でもとくに有名で、世界中の多くの人びとに読まれている経典のひとつである。『法句経』を読みながら仏教の開祖お釈迦さまの教えや原始仏教教団における修行の様子などを学ぼうと思っている。

 ところで先月8月21日に馬場紀寿著『初期仏教 ブッダの思想をたどる』(岩波新書)が出版された。書名を見て『法句経』を読み進める上で有益だろうと思い購入した。

   読み進めて行く中で興味深く衝撃的なことがらがあったので、本書の第2章「初期仏典のなりたち」から、それらのいくつかを紹介したい。

 

  恒久財産にもとづく「僧院」は遅くとも紀元前一世紀に成立し、時代が下るにつれて、その数を増していった。一年を通じて千人規模の出家者が生活できる大僧院がしだいに現れ、ナーランダ僧院やヴィクラマシーラ僧院といった有名な学問寺が成立していくこととなる。

 出家教団のこうした組織化は、教えの伝承にも変化をもたらすことになった。

 出家者が基本的に遊行している限りは、仏典を文字に書き写しても、写本を持って歩かなければならなくなるから、かえって不便である。しかし、恒常的に運営される僧院があれば、そこに写本を置いておけば、管理者が保管し、希望者が閲覧できるようになる。そのような僧院の誕生は、口頭伝承だった仏典の書写を促す重要な契機になったと考えられる。 (48頁)

 

 遊行しているときには経典を持ち歩くより口頭伝承の方が便利。なるほどなるほど。
 交易によって莫大な富を築いた商人や金融業者などから寄附された農地や金銭などによって出家集団が恒久的な経営を行う組織に変わり、仏典書写を促す契機になったという。

 

  古代インドでは、中東や中国と比べて、文字の成立が遅かったと考えられる。インダス文明に文字があったかどうかはまだ結論に達しておらず、今日確認されているインド最古の文字資料は上述のアショーカ王碑文だから、確実に文字が成立していたと言える時代は紀元前三世紀まで下る。(51頁)

 

 文字がなかったため、お釈迦さま在世時から二、三百年間は口頭伝承せざるを得なかったということらしい。

 

 確かに、聞き手に応じ、内容を変えて伝承していたと考える場合、初期仏典は、音楽に喩えるなら、クラシックよりも、演奏のたびに大胆なアレンジがあるジャズのようなものだったことになる。実際、ガンダーラ写本では、同じ仏典が書写されていても、その内容が異なる例が報告されている。また、パーリ語とサンスクリット語と漢訳との間で同じ仏典が大きく異なる例はいくつも指摘できる。(55頁)

 

 インドには一字一句違わないように口頭伝承されるヴェーダ文化があり、お釈迦さまの教えも一字一句違わない伝承もされていたが、そのほかに、こうしたジャズ的な教えの口頭伝承もあったというのである。

  韻文仏典のなかには紀元前に成立したものが含まれているが、元来、結集仏典としての権威をもたず、その外部で伝承されていたのである。


  このことは、かつて中村元らの仏教学者が想定していた、韻文仏典から散文仏典(三蔵)へ発展したという単線的な図式が成り立たないことを意味する。韻文仏典に三蔵の起源を見出すことには、方法論的な問題があるのである。(70頁)

 

 結集(仏典編集会議)で共に唱え、お釈迦さまの教えを確認したものが伝えられ、後に経・律・論の三蔵になったが、『法句経』などの小部の韻文経典は当初含まれておらず、遅れて編入されたという。



2018.09.30 Sunday 22:15
仏教の教え comments(0)
白い曼珠沙華
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2018.09.19 Wednesday 11:40
成瀬あれこれ comments(0)
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