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「スッタニパータ」を読み始めました

 

 東雲寺仏教講座(毎月1回、原則として第4日曜日午後)で、今日(2019年12月22日)から、「スッタニパータ ブッダのことば』を読み始めました。

 

 「スッタニパータ」については、水野弘元・中村元・平川彰・玉城康四郎の責任編集『仏典解題事典』(春秋社、1966年)の解説を以下に掲げます。

 

スッタ・ニパータ(Sutta-nipāta,経集)
 パーリ語で書かれた南方上座部の経蔵(小部)に含まれるテキスト。長短さまざまの詩集で、時に散文を交じえている。蛇品・小品・大品・義品・彼岸道品の5章からなる。
 原始仏教聖典中最古の作品で、特に義品と彼岸道品の2章は、最初独立して行なわれ、仏教最古の聖典といってよい。蛇品(ウラガヴァッガ Uragavagga)には12経あり、その第1経に〈比(び)丘(く)は、蛇が古りたる旧皮を棄つるがごとく、彼此の岸をば共に捨つ〉の句をくり返し、《蛇経》と名づけられている。第3経には〈一角犀のごとく、まさに独り遊行すべし〉と説く有名な詩が収められている。小品は比較的短い諸経を集めて14経、大品はやや長い12経を集めている。なかでも《出家経》(大品第1経)、《精勤経》(同第2経)、《ナラカ経》(同第10経)の3経は仏陀の伝記に関する最古の資料である。《ヴァーセッタ経》(第9経)は四姓平等の理を説き、《二種随観経》(第12経)は素朴な形で縁起の理を説く、義品 Atthakavagga の名はまた八偈品とも解せられ、《窟八偈経》(第2経)、《瞋怒八偈経》(第3経)等、8偈から成る経が多い。古くから16経の構成を有し、漢訳《義足経》はこれに相当し、やはり16経より成る。彼岸道品 Pārāyanavagga は趣を異にし、全体が統一性を有する。16人の学童がブッダに問い、ブッダがこれに答える問答16節と、その前に序偈、あとに結語の2節、合わせて18節から成る。
 パーリ語三蔵の中には多数のスッタ(経)が存するのに、本集のみ特に《経集》と呼ばれた理由は、他の経にはそれぞれ特定の名をもって呼ぶべき特徴があるが、本経にはかかる特別の特徴がないために《経集》と呼ばれたと言われる。本集はこのように雑多な経の集成であり、《経集》の名は他の部派の伝承には見られない。南方上座部特有のもので、このように編纂されたのは、紀元前3世紀以後のことである。本集には《義釈(ニッデーサ、Niddesa)》と呼ばれる古い註釈書がある。これは義品・彼岸道品の2章と蛇品第3経に対する語句註解である。《義釈》成立時代(B.C3世紀のアソーカ王時代または後間もないころ)にはまだ本集全体がまとまっていなかったと思われる。しかし義品・彼岸道品のみならず、他の3章中の各経いずれもきわめて古い起源のものである。新しい要素がまったくないわけではないが、その内容は最古の仏教を明らかにする資料である。純粋素朴な仏教思想を説き、最初期の教団のあり方を反映している。(以下、略)

 

 

  教材は住職作成のプリントで、中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』岩波文庫をはじめ5種類の翻訳本の訳文を比較しながら、第1章の第1経の1から17の詩偈を読みました。参考に資すため、以下に1から3までの詩偈を紹介します。

 

 |翅 元訳『ブッダのことば スッタニパータ』岩波文庫、1984年

◆々嗚凖欺咫λ楙盈品検Ρ殍槓戸彩『原始仏典』第七巻「ブッダの詩 機廖屮好奪織縫僉璽拭兵畭困里海箸弌法弭崔娘辧■隠坑牽供’

 宮坂宥勝訳『ブッダの教え   スッタニパータ』宝蔵館、2002年

前谷 彰訳・解説者『ブッダのおしえ 真訳・スッタニパータ』講談社、2016年

ァ/緻邱宛橘『経集(スッタニパータ)』オンデマンド版『南伝大蔵経』24 、「小部経典」2、大蔵出版、2001年

 

1、蛇の毒が(身体のすみずみに)ひろがるのを薬で制するように、怒りが起ったのを制する修行者(比丘)は、この世とかの世とをともに捨て去る。

   蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

1、もし比丘にして、むらむらとこみ上げてきたいらだちを除去してしまうこと、あたかも全身くまなくひろがった毒蛇の毒を霊薬によって解消してしまうごとくであるならば、そのような比丘は、あちことへ往還し流転しつづけてきた輪廻を放棄してしまう。あたかも蛇が古くなったとき、久しく自分のものであった皮を捨てていくように。

1、蛇の毒が(体に)まつわるのを薬草で抑えるように、生じた怒りを抑えるかの行乞(=修行者)は、劣った此の岸を捨てる。あたかも蛇がこれまでの古びた皮を〔脱ぎ捨てる〕ように。

1、からだに広がった蛇の毒を薬で追い払うように、生じた怒りを追い払う ― のようなビクは、この世と彼の世を捨て去る。蛇が朽ちた古い皮を捨て去るように。

1、〔体中に〕拡がれる蛇毒をば薬草をもて〔消 すが〕如く、〔心中に〕生起せる忿(いかり)を調伏するかの比丘 は、蛇が古りたる旧皮を〔棄つるが〕如く、彼此の岸をば〔共に〕捨つ。


2、池に生える蓮華を、水にもぐって折り取るように、すっかり愛欲を断ってしまった修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。

2、もし比丘にして、色あでやかな欲情をあますところなくもぎとってしまうこと、あたかも水中から根茎によって水面に出た蓮の花を深く手を入れてとるごとくであるならば、そのような比丘は、あちことへ往還し流転しつづけてきた輪廻を放棄してしまう。あたかも蛇が古くなったとき、久しく自分のものであった皮を捨てていくように。

2、池の中に生えている蓮華を〔子どもたちが池に入って〕折り取るように、貪りを余さず断ち切ったかの行乞舎は、劣った此の岸を捨てる。あたかも蛇がこれまでの古びた皮を〔脱ぎ捨てる〕ように。

2、蓮の池に飛び込んで、蓮の根を断ち切るように、激しい欲望を余すことなく断ち切った ― のようなビクは、この世と彼の世を捨て去る。蛇が朽ちた古い皮を捨て去るように。

2、池に生ぜる蓮華をば〔子等が〕潜りて〔折 るが〕如く、貪(むさぼり)を残りなく棄断せしかの比丘は、蛇が古りたる旧皮を〔棄つるが〕如く、彼此の岸をば〔共に〕捨つ。 


3、奔り流れる妄執の水流を涸らし尽して余すことのない修行者は、この世とかの世とをともに捨て去る。蛇が脱皮して旧い皮を捨て去るようなものである。
3、もし比丘にして、あたりに浸潤する深層の欲望をあますところなく断ちきってしまうこと、あたかも激流なす河を干上がらせてしまうごとくであるならば、そのような比丘は、あちことへ往還し流転しつづけてきた輪廻を放棄してしまう。あたかも蛇が古くなったとき、久しく自分のものであった皮を捨てていくように。
3、流れる急流を涸らせて〔しまうように〕余すことなく渇望を断ち切ったかの行乞舎は、劣った此の岸を捨てる。あたかも蛇がこれまでの古びた皮を〔脱ぎ捨てる〕ように。
3、急流を干上がらせて、その流れを断ち切るように、愛の渇きを余すことなく断ち切った ― のようなビクは、この世と彼の世を捨て去る。蛇が朽ちた古い皮を捨て去るように。
3、急流する〔輪廻の〕流れを涸渇せしめ、渇愛を残りなく棄断せしかの比丘は、蛇が古りたる旧皮を〔棄つるが〕如く、彼此の岸をば〔共に〕捨つ。

 

 

 

 


 



2019.12.22 Sunday 21:20
東雲寺あれこれ comments(0)
東雲寺六世朝庵が釈迦像を彫刻して板橋区西台圓福寺に奉納

武州多摩郡成瀬村東雲寺六世朝菴叟退耕日久
而時々彫刻佛像以消閑耳予時求惠心之作之御首
而久重秘之頃圓福天巖師要用此御首而更憑予
拙工全身相而為本尊予好其願根不抜之志而手
親成拈花之聖像以奉納西臺山然其漆布粧飾
之料圓福之師檀戮力贖之也於于茲徹見疇昔
靈山會上之巍々拈花形容蕩々附法盛事恰如嚴然
明歴在于目中焉吁何堪歓躍之情乎哉因賦一章
以記其事跡云尒
朝菴彫刻釋迦文 御首用源心工巧勲
欽納西臺圓福寺 師檀贖費各随分
享保改元丙申冬十一月穀旦朝菴六十三歳欽記

 

   冒頭から漢字の羅列で驚かれたかと思う。これは板橋区西台三丁目にある圓福寺さまのご本尊さまを修復した際に仏像の中から発見された「胎内文書」である。11月20日(水)昼過ぎに圓福寺ご住職・森正春さまからお電話があり、胎内文書に「武州多摩郡成瀬村東雲寺」とあるので、町田市の東雲寺ではないかと思って電話をした。「六世朝菴」という人物が東雲寺の歴代住職の中におられるかとのお問い合わせだった。私が東雲寺の六世は朝庵隠市という方だとお応えした。その上で東雲寺は江戸期と明治初めの二度火災に遭っており、古い史料が残っていないので、ぜひその文書を見せてほしいとお願いした。するとご親切に、すぐにFAXで当該文書ばかりか、それを活字にしたもの、さらに文書内に使用されている語句の解説や意訳まで送信いただいた。
 この東雲寺六世朝庵隠市という住職については『東雲寺史余話』(2018年刊)に記しているのだが、2010(平成22)年春に東雲寺開山明岩宗珠大和尚のお像を修復した際に見つかった胎内文書にその名を遺している住職である。開山像の胎内に古紙に包まれた木札が二枚あり、

その内の一枚の表面に

 

元禄八乙亥歳十一月朔日
明巖和尚之尊像新造
武州多摩郡成瀬村東雲寺第

 

裏面に

 

六世朝庵隠市叟代
佛師者江城大佛師大貮
法橋宗慶刻彫之

 

とあった。
 今回のは圓福寺さまのご本尊の胎内文書で、これもまた、朝庵自身が記したもののようだ。二つの文書が記された年月日を見てみると、元禄乙亥八年は1695年、享保改元丙申年は1716年で、この20余年の間に朝庵は住職を退き、圓福寺の文書を書いたときに63歳になっていたということである。
 圓福寺のご住職から頂戴した「意訳」を参考にして文書を読み解くと、朝庵が東雲寺住職を退き隠居して久しく経ち、時々退屈しのぎに仏像を彫刻していた。時に朝庵が恵心(恵心僧都源信。平安時代中期の天台宗の僧、『往生要集』の著者)の作とされる仏頭を入手し、それを永く秘蔵していた。圓福寺の天巖さま(圓福寺九世天巖雲理)が仏頭の力を必要として、朝庵が彫刻した仏像の全身と合わせて圓福寺の本尊さまにしたいと求めて来た。朝庵はその願いを容れ、気を抜かず心を込めて拈花の聖像を彫刻し、西台山圓福寺さまに奉納した。
   この「拈花の聖像」とは、インドの霊鷲山でお釈迦さまが説法の折、手にした花を黙って掲げ示したという伝承に因むもので、金波羅華を手にした釈迦像ということだろうか。さらに胎内文書の中で朝庵は続けて次のように言う。
  釈迦像の制作費や装飾品の費用は圓福寺のご住職や檀家さんたちの協力で賄われた。過去から今日までを見通すと、霊鷲山で伝えられた真理(仏教の教え)が盛んになるようにはっきりと感じられる。このような喜ばしい気持ちをどうして抑えておられようか。そこでこのことを詩偈(漢詩)にして後の世に伝えたい。


朝庵が釈迦像を彫刻
その仏頭は源信の名作
謹んで西台の圓福寺さまに奉納した
住職と檀家さんから過分なお礼を頂いた


 なぜ天巖さまが、恵心の仏頭を秘蔵する朝庵が仏像彫刻することを知ったのかなど、不明な点もあるが、朝庵隠市の新たな事績が分かった。



2019.12.04 Wednesday 15:59
東雲寺あれこれ comments(0)
梅花講の皆さんがお地蔵さまにご供養の奉詠をしました

 

台風15号の倒木が当たって倒壊したお地蔵さまを修復、改めて開眼供養したことは既報の通りです。

この度、11月20日午後に東雲寺梅花講の皆さんが、お地蔵さまに詠讃歌を奉詠し、ご供養申し上げました。



2019.11.23 Saturday 07:52
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『法句経』の423詩偈を読み切りました

 

東雲寺仏教講座で2017年12月から読み始めた『法句経(ダンマパダ=真理のことば)』423詩偈を、11月17日の18回目の講座で読み切りました。『法句経』は原始仏典のひとつで、お釈迦さまの〈生〉の言葉が記されているとされています。

次回からは『法句経』とともに最古の仏教聖典とされる『スッタニパータ』を読んで行こうと思っています。

 



2019.11.19 Tuesday 12:05
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第11回 成瀬名物東雲寺寄席

2019年11月4日13時30分より第11回成瀬名物東雲寺寄席を開催。

まず、露の新治師匠が「兵庫船」

 

柳家さん喬師匠が「二番煎じ」

中入りを挟んで

新治師匠が「口入屋」を好演。

 

 

ゲストの林屋あずみさんの三味線漫談

 

 

 

 

トリはさん喬師匠の「芝浜」を堪能させていただきました。

 

 

 

 

 



2019.11.05 Tuesday 16:08
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仏教講座「『法句経』を読む」を再開しました

 

東雲寺仏教講座「『法句経』を読む」を再開しました。

今回は371詩から392詩まで読みました。たぶん次回の講座で『法句経』を読み終えると思います。

東雲寺仏教講座では、ご参加の方に賛同いただければ、資料代としての200円を募金いただいております。

今回から台風19号の被災者救援、被災地復興支援のために募金協力をいただきました。



2019.10.20 Sunday 21:43
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東雲寺表参道の桜を伐採

 参道の桜が昨年に続き、今年も猛烈な台風によって倒され、このままでは隣接する杉山神社やご近所さんに迷惑をお掛けするおそれがあるため、お檀家の造園業者の方に相談、依頼し、やむを得ず参道に残っていた5本の桜の樹を、2019年10月15、16日に伐採いたしました。

 

 杉山神社の総代さんのご許可をいただき、神社の境内にクレーン車を乗り入れ、そこからアームを伸ばして、経験と観察眼と実測によってバランスを取りながら、大胆にかつ慎重に枝を切り降ろす、10数メートル〜20メートルほどの高所で桜の大木の伐採をする職人業に驚嘆いたしました。

 

 いよいよ大木の幹だけの部分になりましたが、夕刻になり16日に持ち越しになりました。

 

 



2019.10.17 Thursday 20:56
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臥龍会の研修旅行に参加

 

臥龍会というのは、東雲寺の本寺・雲松院(横浜市港北区小机町)の山号「臥龍山」に因むもので、雲松院の末寺16ヵ寺の懇親を図る会。今年は永平寺門前に新しくオープンした柏樹館見学と瑞龍寺の旅でした。

上の写真は富山県高岡市の国法瑞龍寺。正面が山門。左右対称の屋根は左が禅堂、右が大庫裏。

 

 

瑞龍寺仏殿の屋根は鉛板で葺かれていることで有名。非常時には溶かして鉄砲の弾にできるとか。

鉛葺きの屋根の重量は瓦屋根の3分の1ほどとのこと。

 

 

井波彫刻で知られた南砺市井波の瑞泉寺(真宗大谷派井波別院)を訪問、参拝。門前の工房で欄間や仏像などの作品を観せていただきました。



2019.10.12 Saturday 08:08
東雲寺あれこれ comments(0)
お地蔵様の開眼供養をさせていただきました

 

 9月8日深夜から9日未明にかけて襲来した台風15号の暴風によって、樹齢62年の桜の木(ソメイヨシノ)が根本から3メートルほどの高さのところの幹が斜めに裂かれ、折り倒されてしまいました。その桜の倒木に直撃されたために、290年余前に成瀬村の皆さん全員のご寄付で建立されたお地蔵様が倒され、一部損壊。お地蔵様の背後の玉垣も11メートル以上も破壊されてしまいました。

 ようやく9月28日にお地蔵様の修復工事が行われ、29日朝に新しい頭巾(頭部周囲92僉砲帆鯵櫃院壁28僉長さ75僉砲鮹紊院午後1時30分、開眼法要を勤め、洒水、点眼、読経し、成瀬の皆さんはじめお参りくださるすべての人びとをお見守りくださるよう回向文をとなえ、お祈りさせていただきました。



2019.09.30 Monday 17:48
東雲寺あれこれ comments(0)
圭室文雄先生の連続講座(第3回)開催

 

 

 9月29日15時から東雲寺文化講座を開催しました。

 明治大学名誉教授・圭室文雄(たまむろ・ふみお)先生を講師にお迎えして、今回は「勧修寺の歴史」と題したお話しを拝聴しました。

 勧修寺は宮門跡寺院ですが、宮門跡とは法親王や入道親王が住職する仏教寺院とのこと。ただし、普段、住職は京都の御所近くに住んでいて、大きな法要があるときだけお寺に行ったとのことです。江戸時代の勧修寺の寺領は1012石ですが、これは中世の3750石の3分の1弱の規模で、経営基盤の第一は、真言宗や浄土真宗などの僧侶への「法印」「権大僧都」「権少僧都」「権律師」や医師の「法橋」、絵師の「法橋」などの僧階賦与の礼金、祀堂金の貸し付け(利子12%)などで、寺領からの収入はそれに次ぐものだったというようなお話しもありま した。 

 2019年夏期三回連続講座は7月〜9月で、今回が今年の最終回でした。明年も開催できるよう圭室先生にお願いしたいと思います。



2019.09.30 Monday 12:42
東雲寺あれこれ comments(0)
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