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東日本部落解放研究所

2018090122170000.jpg
 9月1日午後、神奈川県秦野市で開催の研究者集会に参加して来ました。

 土日の行事は、参加したくてもお寺の法要があって、なかなか参加できません。

 今回は、たまたま午前中だけ二つの年回法要を請けていて、12時にはお寺を出発、町田から小田急の快速急行で秦野に向かい、開会時間5分前に会場の秦野市立本町公民館に到着、主催者挨拶で演壇上で挨拶される理事長・井桁碧先生のお話しから拝聴できました。井桁先生には30年ほど前から知遇を得て、親しくかつ厳しくご指導をいただいています。理事長に就任されてから、こうした公の場でお会いするのは初めてでした。井桁先生の挨拶を聴きくために今回、参加した?と言っても過言ではありません。

 来賓は神奈川部落史研究会会長・川村善二郎先生、部落解放同盟神奈川県連合会委員長・三川哲伸さん。

 神奈川県連副委員長・中村彰信さんの地元報告、神奈川部落史研究会・鳥山洋さんの基調講演「神奈川の部落史研究のこれまでとこれから」を聴講。久しぶりに充実した時間を過ごしました。



2018.09.01 Saturday 22:19
人権・平和・環境 comments(0)
暑い夏が来て 原爆忌 敗戦記念日が廻り来る 

 毎日、全国各地で最高気温が35度を越え「命に関わる危険な暑さ」というニュースが報じられている。こんなにすごい酷暑の夏は初めての経験だが、暑い夏が来ると「原爆忌」や「敗戦記念日」の季節が廻って来たことを感じる。
 私の実母・真観院松雲妙韻禅尼(高松ことさま、平成30年6月18日逝去、享年97歳)が最晩年に昔の思い出を手紙で書き送ってくれていた。以下は亡夫・高松祖堂大和尚(福島県二本松市大隣寺27世住職、昭和57年11月25日遷化、世寿67歳)の軍隊時代の話を紹介する一文である。

 

 祖堂和尚は戦争の話を余りしませんでしたが、35年の間チョクチョクと語ってくれた事を今日は思い出すまま書いて見ます。
 祖堂和尚は危うく命を落としそうな時が三度あったとのことですが、その都度、戦友(部下)に助けられて、今が在るのだとつくづくみ仏が守ってくれたと感謝して居りました。
 一兵卒の頃、第一線での闘いでさんざんな負け戦で戦死者は出る、負傷者はごろごろの時、臀部から脚にかけて弾が貫通し、出血がひどく失神して居た祖堂和尚を浪江(福島県双葉郡浪江町)の本山さんという兵隊さんが負ぶってトラックに乗せ、野戦病院まで付いて行ってくれたそうです。負傷者が大勢あったその中を何故か本山さんが祖堂和尚を助け背負ってくれたこと、観音様ですね。
 戦後、その方が訪ねて来た時、「オー、命の恩人だ」と抱きついて喜び、共に生還したことに感激して居りました。
 一兵卒への手当は悪く脚が腐って来て、軍医が股から切断だと言ったのだそうです。側に居た衛生兵が軍医が去ってから「大隣寺の息子ではないか」と声をかけてくれ、「暗くなったら病棟の裏に来るように」と言われ、暗くなるのを待って行ったら、注射を一本打ってくれたのだそうです。二本松出身の兵隊さんだったのですね。一兵卒になど用いない高価な注射だったらしく、腐りが止まったので、軍医が不思議がってオカシイ、オカシイと首をかしげて居たそうです。
 戦後、この方も二度ばかり訪ねて来られましたが、恩に着せるふうのないよい方でした。やはり二本松人でしたね。
 任官してから大変な激戦で「今出たら危ない」との軍曹の言葉を聞かないで祖堂和尚が飛び出して了ったのだそうです。軍曹が直ぐ追いかけ、祖堂和尚を抱きかかへ、元の陣地に戻った途端、飛び出したその場所に爆弾が落ち、一足間違えたら木っ端微塵になるところだったと祖堂和尚が言って居りました。後にその方は何度も訪ねて来られました。その度に命の恩人と大事にもてなして居りました。我が家にお泊まりになったりしました。
祖堂和尚は、その都度、助ける神(仏)が現れて、お陰で帰れたと何時も感謝して居りました。
今まで一緒に戦って居た戦友が目の前で戦死。その人に気遣って居たら自分が危ない。戦争は本当に生きるか死ぬか紙一重だったと言ってました。
 天皇陛下バンザイと言って倒れた人は野戦病院から負傷が治って再び戦場に戻ったそうです。オカアチャーンと最後に叫んだ兵隊は戦死されたそうで、人間は最後はオカアチャーンだと言って居りました。

 

 50年以上前、私たち子どもが、当時テレビ放映されていた『コンバット』や『遊撃隊』などの軍隊ものの番組を観ていると、父・祖堂大和尚がやって来て「戦争はこんなもんじゃない!」と言って、テレビのスイッチを切ってしまうことがあった。
 「天皇陛下バンザイ!」「オカアチャーン!」の話は、父が母に話をしているときに聞いたのか、別の機会だったのか不明だが、私も耳にしていた。父の尻には確かに銃弾貫通の傷痕があった。これまで詳しくは知らなかった負傷後の経緯について、数年前の母の手紙で知った。
 「私」たちは戦場での生死紙一重の体験を想像できるか。



2018.07.23 Monday 10:30
人権・平和・環境 comments(0)
相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの

 6月11日(月)15時から市内のホテルで町田市仏教会の総会が行われた。市仏教会の行事は、4月上旬に行われる「花まつり」  お釈迦さまのお誕生をお祝いする法要と落語などの余興、そしてこの総会くらいなのだが、他宗派の寺院住職方とお会いできる数少ない機会なので、毎年できる限り出席しようと心がけている。だが、実際には他にはずせない用事が重なったりしてしまい、なかなか思い通りにいかないことの方が多い。
 今回は市仏教会の総会に、初めての試みとして研修が併設され、「津久井やまゆり園事件が問いかけるもの  障害者差別と優生思想」というタイトルの講演が行われるという案内があったので、ぜひ出席したいと思っていた。


 まだ記憶に新しい事件だが、この「津久井やまゆり園事件」とは一昨年(2016)の7月26日午前2時ころ、神奈川県立の知的障害者福祉施設に元職員(当時28歳)が、建物一階の窓ガラスを割って侵入、刃物で施設利用者を次々に刺し、男女19人が死亡、27人(職員3人を含む)が負傷した「相模原障害者殺傷事件」である。日本で発生した殺人事件としては、戦後、最悪の大量殺人事件と言われている。 


 この研修の企画をしたのは、市内南町田一丁目の常楽寺住職S師である。彼は、独特の思考回路を持っているように感じさせる、私にとって気になる青年僧の一人である。S師曰く、「津久井やまゆり園事件」が風化しているように感じている。間もなく事件から2年になるので、改めて事件の意味するものを学び、考えてみたかったとのことだった。彼が講師として招いたのは、公益財団法人「東京都人権啓発センター」派遣講師の大野精次氏。同センターのホームページに講師謝礼(一時間以内、1万7千円、一時間を越える場合、一時間1万5千円、いずれも税別)などと明示されており、予算的に頼みやすかったとのこと。また、このセンターが昨年(2017)1月に台東区橋場一丁目から港区芝二丁目に移転、曹洞宗宗務庁(曹洞宗の本部事務所)の隣りに開館したので、センターを訪ねて〈障害〉者スポーツの一つである「ボッチャ」を体験、展示資料を見るなどして来たという。


 S師が、人権啓発センターに対しやまゆり園で引き起こされた「相模原障害者殺傷事件」についての講演を依頼したところ、一般的な人権・差別問題に関する講師派遣を行っており、特定のテーマの講演依頼は請けてないと言われたそうだが、大野氏はS師の要望を容れて、「相模原障害者殺傷事件」に的を絞った講演をしてくださった。ただ大野氏自身は〈障害〉者福祉の専門家ではなく、人権・差別問題について活動されて来た人でもなく、築地から豊洲へ市場移転に関する東京都の事業の中で重要な役職を歴任して来た方とのことだった。都を退職後に、人権啓発センターの専務理事を経て、現在、人権問題研修講師をされている方という。
 この度の市仏教会での研修では、事件の概要、被告について、衆議院議長宛の手紙、優生思想、弱者は余計もの?、障害者の生きる権利、障害者基本法、青い芝の会の主張、優生保護法により強制不妊手術、出生前診断、ハンセン病患者への差別、やまゆり園事件の匿名報道、措置入院患者、政府の対応、ひとりひとりが問われているなどの柱立てのレジュメで、一時間余の講演とその後の質疑に丁寧に対応してくださった。


 今年になって旧「優生保護法」により知的障害を理由に不妊手術を強制されたことに対し、国家賠償を求める裁判が起こされている。また、ハンセン病が不治の病でなく、遺伝病でもないことが明らかになった後も、1996年4月まで「らい予防法」のもとで元患者に対する隔離が行われ、不妊手術を条件に結婚を認め、妊娠が分かると中絶を行って来た事実もあった。
 〈障害〉者の障害となっているものは、私たちの社会が作り出しているものであり、優生思想による差別であって、今回の「相模原障害者殺傷事件」の講演を聴講する中で、改めて人間存在の意味、人の尊厳について考えることができた。



2018.06.19 Tuesday 06:57
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解らないところを解る必要がある

  最近、テレビや新聞の報道などで「セクシャルハラスメント」「パワーハラスメント」などの言葉をよく耳にし、目にする。
  社会的に強い立場にある人間が、それに比して弱い立場にあるものに対して無自覚(?)にその人を深く傷つける言葉を口にしたり、相手の人格を無視した行為を行ったりしたことが次々と告発されているのである。セクシャルハラスメント、パワーハラスメントをした人間ーーそれがたとえ大きな権力を持った人間であろうと、政治家や政府高官であろうと、職を辞するようなことになったケースが国内外で何件かあった。
  30年ほど前の話だが、かつて拙(わたし)が勤務していた教団本部の事務所で、1989(平成元)年当時、流行語になりつつあった「セクハラ」という言葉を、後輩T師の口から発せられるのを初めて聞いたとき、拙はまったくチンプンカンプンで、その意味を理解することができなかった。しかし、それから間もなくして、「セクハラ」という言葉に、毎日のように女性職員の肩や首筋などを揉み、腰に手を回わし、ときに卑猥な言葉を口にし、それを「挨拶代わり」としていたR部長の言動を抑止する力があることを拙は知ることになった。
 私たちが生活する現代社会が、R部長のそれらの言動を「セクシャルハラスメント」と呼ぶことによって、その行為は社会的に許されない性的いやがらせであり、性的・差別的な言動だということを改めて確認したのである。それまで人格を無視され、性的対象物のように貶められ、それに対する怒りで顔を紅潮させながら耐え忍ぶことを強いられて来たことも、被害を受けて来た人びとが「セクシャルハラスメント」という言葉を手にすることによって、〔今日でもまだ勇気を振り絞る必要があるのだろうが〕抗議し、謝罪を求めることができるようになったのだ。
 「人権」という概念は、この「セクシャルハラスメント」の例と同様に、人としての尊厳を踏みにじっている何か不正義なこと(?)に気付き、その何かを除くためにとりくむ中で、ときにそれに名付けし、私たちが啓発され、社会の共感を得ながら成長し続けていくものだと思う。

 ということは、「人権」を学び続ける努力をし続けないと、チンプンカンプンで、それが分からないことということも出て来るのだろうと思う。その社会、その分野における権威であっても、実力者であっても、「人権」の学びを怠っていると、自身は「分かっている」と思っているらしく、周囲からの助言や注意を受けつけず、「分かってる」「分かってる」を繰り返し、結局、事を大きくしてしまっているようなことが目につく。

 

 話はまったく違うが、拙がかつて親しくご指導いただいたことのある、誠実な道元禅師研究者であられた春日佑芳先生(1929〜2002年、東京大学文学部倫理学科卒、防衛大学名誉教授)の『新釈正法眼蔵』(ぺりかん社、1995年)の「一生多生の参学  あとがきにかえて」の中に、先生の父上・春日佑幸師のエピソードが記されていて、そこに「解らないところが解る」というフレーズがあったのを思い出した。


 佑幸師は、旧制中学の国語・漢文の教師を退いた後、後半生の約20年間、『正法眼蔵』の解読にとりくんでいた。その研究成果がまとまると、曹洞宗大学(現駒澤大学)時代の恩師・衛藤即応先生(1888〜1958年、駒澤大学総長)に送りご指導を頂いていた。衛藤先生は近代曹洞宗の宗学の確立に尽された方だ。研究者や曹洞宗内では「衛藤宗学」として知られている。
 衛藤先生は、佑幸師の原稿を読んでは、それにコメントして返却。佑幸師が推敲、修正して、それをまた衛藤先生に届けるということをしていたようだ。「四訂」の原稿もあったという。
 その衛藤先生の佑幸師への励ましの言葉が「解らないところのある眼蔵家(『正法眼蔵』研究者)になってほしい」だった。衛藤先生は、『正法眼蔵』研究において、解らないところがどこかを解るぐらいまで研究するようにと言ったのである。
 「人権」も解らないところを解る必要があるのだ。



2018.05.21 Monday 14:11
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大逆事件に関わる二冊の図書の指摘

 

 

  定期購読している月刊誌の一冊、岩波書店の『図書』2月号の新刊案内の中に田中伸尚著『大逆事件  死と生の群像』があり、発行日2月16日を心待ちにして購入した。また、『大法輪』4月号に佼成出版の新刊書、眞田芳憲著『〈大逆事件〉と禅僧内山愚童の抵抗』の広告があり、これもすぐに注文、3月15日に入手した。
  「大逆事件」について『日本史広辞典』(山川出版社、1997年)は次のように解説する。

 

 幸徳事件とも。明治天皇暗殺を計画した容疑で、多数の社会主義者・無政府主義者が逮捕された事件。赤旗事件以後社会主義運動の弾圧が強化されるなかで、1910年(明治43)5月、まず宮下太吉ら4人を爆発物取締罰則違反で検挙し、つづいて全国各地で事件に無関係な者も含めて数百人を検挙。うち26人が刑法の大逆罪にあたるとして起訴された。大審院は一審のみの非公開公判で幸徳秋水ら24人を死刑(坂本清馬ら12人は特赦により無期に減刑)、新田融ら2人を有期刑とした。幸徳らは11年1月24・25日に処刑。以後、社会運動は「冬の時代」を迎えた。判決後50年目の61年(昭和36)、唯一の生存者坂本らは再審を請求したが、最高裁で棄却された。

 

 「大逆事件」については、事件に連座させられ処刑された内山愚童(箱根大平台の曹洞宗林泉寺住職。秘密出版で「非戦」を主張)や大石誠之助(和歌山新宮の医師。尊皇報恩を説く大内青巒と論戦、青巒を「飯を食ふ仏教大辞典」と批判)などについて「坐禅会たより」で何度か取り上げて来た。
 「大逆事件」は、明治政府が軍国主義化を進める中で、天皇暗殺の全国規模の大陰謀事件をでっち上げ、社会主義者や無政府主義者を抹殺しようとした大弾圧事件だった。すなわち大逆罪によって処刑、投獄された人たちは、そのきっかけとなった事案に関わる数人を除きほとんどが無実の罪を着せられた犠牲者たちだった。
 眞田芳憲著『〈大逆事件〉と禅僧内山愚童の抵抗』の「はしがき」は次のようにいう。

 

 いま、わが国はは集団的自衛権行使を容認する安全保障法制や特定秘密保護法の制定に続き、いわゆる共謀罪を改め「テロ等準備罪の新設法案」の立法化、1948年の国会で失効した「教育勅語」の復権、そして帰するところは「日本国憲法」の改正へと、「いつか来た道」の瀬戸際に立たされている。いや、むしろ日本国憲法の空文化の地均しが着実に進められていると見るべきかもしれない。今日の日本は、まさしくかつての「大逆事件」の時代相に近づいているのではないだろうか。

 

 田中伸尚著『大逆事件  死と生の群像』では、著者が訪ね歩き調査した大逆事件の犠牲者やその遺族、関係者  森近運平、宮下太吉、高木顕明、成石平四郎、松尾卯一太、大石誠之助、沖野岩三郎、新村善兵衛、新村忠雄、武田九平、飛松與次郎、小松丑治、坂本清馬などを取り上げ、さらには当時、政府当局を弾劾する講演の記録『謀叛論』(岩波文庫)の徳富蘆花のことや遺族慰問の旅を続けた堺利彦のことなどを、緻密な取材によって書き上げている。その「あとがき」に次の一文がある。

 

 連座させられた人びとは、程度や思いに差はあったが、また当時の社会にあっては少数者であったけれども、戦争に反対し、荷担しないという生き方を貫き、宗教者として被差別者に寄り添い、どうしたら平等で自由な社会にできるかを思索し、国家・天皇と個人の関係はどうあればいいのかなど生きる個人としてののっぴきならない問題と取り組み、悩み、突き当たり、時に性急に生きた人びとだった。彼らが社会主義や無政府主義を通じて気づいたこれらの問題は、文学や思想のテーマでもあり、ジャーナリズムの課題でもあった。そしてそれらは、現在の問題としてもある。

 

 憲法前文にいう「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにする」ため、平和を希求するとりくみを不断の努力で続けて行きたい。



2018.05.07 Monday 13:54
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反戦平和も仏教の教え

 12月6日の朝、鐘楼堂周辺の庭掃きをしているとき、曹洞宗人権擁護推進本部のKさんからお電話をいただいた。Kさんによると、東雲寺坐禅会に参加したSさんと名乗る方から人権擁護推進本部へクレームの電話があったというのだ。その内容は、東雲寺の「坐禅会たより」の左端に記している

 

 「憲法の改悪、強引な憲法解釈の変更などによって日本を『戦争のできる《普通の国》』にすることに反対です。平和憲法を護りましょう」

 

 という文章や「町田南地域九条の会」(かつての南多摩郡南村のエリアの九条の会)の会報を受付机上に置いていることに対し、「無になるために坐禅をするのに、政治的なことをしているのはおかしい」というような趣旨だったそうだ。
 Kさんが、直接あなたが東雲寺住職に話してはどうですかと応答し、さらに仏教の基本的な教えの中に戦争に反対する考え方があるというようなことを話すと、そんなことを言っているからダメなんだと怒られてしまったという。そこでKさんが、とにかく東雲寺の住職にはこのような内容の電話あったということだけは伝えると約束して受話器を置いたそうである。
 庭掃除を終えてから、東雲寺坐禅会の芳名録を調べてみたが、そこにSさんという名前、それに似た氏名はなかった。Sさんという檀信徒の方も東雲寺にはいない。私の方からこの方へ連絡をとる方法が今のところないので、このブログでSさんという方の苦言?に応えたいと思う。

 

 まず、戦争に荷担し、荷担させられてきた宗教、仏教の歴史的な事実がある。私(1951年生まれ)は戦争経験者ではないが、戦場で亡くなった方のご遺族や傷ついて復員してきた父親をはじめ多くの体験者の話を聞いて来た。また、戦中戦後、きびしい生活を強いられた母親はじめ多くの戦争体験者の話も耳にしている。そうしたことから、次代、次々代などの人たちが戦争で苦しむことのないようにと思って、憲法の平和主義、国民主権、基本的人権の尊重の三原則を護り、さらにこれらを全世界に広めていくべきではないかと思っている。これはかけひきや権力闘争などの政治的なことではなく、きわめて宗教的な課題「人の幸せ」に深く関係することと私は信じている。

 また、2005年12月から東雲寺境内の掲示板に

 

 「仏教徒の願い―どのような《理由》の戦争にも反対です。武力によって平和な世界が創り出せるなどというのは誤りです。平和的な解決を求めます」

 

 というメッセージを貼り出して来た。このポスターを見た「町田南地域九条の会」の方から、呼びかけ人の一人になってほしいというお誘いがあり、あまりお力になれないがと申し上げながらお請けした。
 ご承知のように九条の会は、井上ひさし(作家)、梅原猛(哲学者)、大江健三郎(作家)、奥平康弘(憲法学者)、小田実(作家)、加藤周一(評論家)、澤地久枝(作家)、鶴見俊輔(哲学者)、三木睦子(国連婦人の会会長、元総理夫人)の九名の方たちが呼びかけて始められた運動である。私は九条の会発足当初よりそのとりくみに注目していた。思想、信条、宗教、支持政党などの垣根を越えて憲法九条を護ること一点を目的にした個人加入の草の根の運動だ。興味のある方に会報を持っていっていただきたいと思い、受付机上に置いている。

 

 それから「無になる坐禅」については、道元禅師が「息慮凝寂(そくりょぎょうじゃく=思慮を息(や)めて、無意識になること)」の坐禅は正しく伝えられて来た坐禅ではないと明確に否定されている。折に触れて私が坐禅会参加者の皆さま方にくれぐれも勘違いしないようにご注意申し上げて来たことである。

 

 話しは変わるが、12月24日(日)15時から東雲寺仏教講座を開催する予定である。この回より『法句経(ほっくきょう)』を読もうと思っている。これは原始仏教教団の中にあって、いろいろな形で伝えられていた詩を集めたもので、編集時期は紀元前4〜3世紀、仏教経典中最古の経典の一つである。お釈迦さまの「真実の言葉」が記されているとされており、この経典に

 

 「己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」

 

という教えがある。これは戦争反対に通じる教えだと思う。



2017.12.17 Sunday 09:25
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露の新治師匠からのメール【転載】.

住職の友人・露の新治師匠からメールが届きました。

以下にその一部を転載します。

 

 知り合いから教えて戴きました。

 自衛隊統合幕僚幹部学校の先生もされている、伊勢崎さんの話です。

 革新でもリベラルでもありません。ほんまに怖いです。なるべく知り合いにお広めください。

 すでに届いていましたら、すみません。
   「国防の最大の脅威は安倍政権」

http://blog.goo.ne.jp/purpleknight78/e/592c80ac6fe874dcf08ca6b42652f525

 



2017.10.20 Friday 18:08
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殺すなかれ 殺させるなかれ

 アンヌ・モレリ(1948年生まれ。ブリュッセル自由大学歴史批評学教授)の著書『戦争プロパガンダ10の法則』(草思社文庫、2015年)を読み始めた。この本は、イギリスの政治家アーサー・ポンソンビー(1871〜1946年)が第一次世界大戦中にイギリス政府をはじめドイツ、フランス、アメリカ、イタリアが行った戦争プロパガンダを分析、名著『戦時の嘘』の中でまとめた指摘をふまえて、こうした戦争プロパガンダの基本的なメカニズムを検証した書籍である。戦争プロパガンダは10項目の「法則」に集約できるという。その10項目を以下に記す。

 

  1、われわれは戦争をしたくはない
  2、しかし敵側が一方的に戦争を望んだ
  3、敵の指導者は悪魔のような人間だ
  4、われわれは領土や覇権のためではなく、偉大な使命のために戦う
  5、われわれも意図せざる犠牲を出すことがある。だが敵はわざと残虐行為におよんでいる
  6、敵は卑劣な兵器や戦略を用いている
  7、われわれの受けた被害は小さく、敵に与えた被害は甚大
  8、芸術家や知識人も正義の戦いを支持している
  9、われわれの大義は神聖なものである
  10、この正義に疑問を投げかける者は裏切り者である

 

  次にナチスのヘルマン・ゲーリング(1893〜1946年。ヒトラーの後継者に指名され、ドイツ帝国総元帥となるが、ヒトラーと対立して官職を剥奪される。戦後、絞首刑を宣告され、刑執行前に服毒自殺)のニュルンベルク裁判中の「名言?」を紹介しよう。

 

  もちろん、一般市民は戦争を望んでいない。貧しい農民にとって、戦争から得られる最善の結果といえば、自分の農場に五体満足で戻ることなのだから、わざわざ自分の命を危険に晒したいと考えるはずがない。当然、普通の市民は戦争が嫌いだ。(中略)
  しかし、結局、政策を決定するのは国の指導者達であり、国民をそれに巻き込むのは、民主主義だろうと、ファシスト的独裁制だろうと、議会制だろうと共産主義的独裁制だろうと、常に簡単なことだ。
(中略)
  国民は常に指導者たちの意のままになるものだ。簡単なことだ。
  自分達が外国から攻撃されていると説明するだけでいい。そして、平和主義者については、彼らは愛国心がなく国家を危険に晒す人々だと公然と非難すればいいだけのことだ。
  この方法はどの国でも同じように通用するものだ。                 
(傍線、柚木)

 

  曹洞宗では、毎年、年度初めの4月に管長(大本山永平寺、大本山總持寺の貫首〈住職〉が二年交代で就任する役職)名でその年の活動方針『管長告諭』を発表している。平成29年度の告諭の中には次のような文言がある。

 

  私たちは「人権の尊重、平和の実現、環境の保全」の取り組みを柱とし、「殺すなかれ 殺させるなかれ」のみ教えのもと、互いに慈しみあう争いのない社会、原子力に頼らない社会、そして“いのち”を生かしあう社会の実現を願っています。

 

 文中の「殺すなかれ 殺させるなかれ」の原典は『法句経(ダンマパダ)』(中村元訳『ブッダの真理のことば・感興のことば』岩波文庫)で、「己が身にひきくらべて、殺してはならぬ。殺さしめてはならぬ」というお釈迦さまの教えである。
 また、境内の掲示板や客殿の中に曹洞宗の『私たちの誓い』を貼り出している。誓いの一つが
私たちは、ひとりびとりの生命の尊さを自覚し戦争のない平和な世界の実現に努めます」だ。
 現在(2017年10月17日)、テレビや新聞は選挙報道一色になっているが、つい先ごろまでは北朝鮮などの脅威を毎日取り上げ、さんざん国民の不安を煽って来た。こうした中、突然、衆議院が解散された。戦争のできる《普通の国》にするための憲法改悪を進めようとしている人たちがニヤリとほくそ笑み、舌を出していると思えて仕方がない。

 各候補者の発言に眉に唾しながら耳を傾けたいと思う。



2017.10.17 Tuesday 13:17
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昭和史と正方形 から ともに学ぶ人間の歴史

 あるテレビ番組で灘中学・高等学校校長・和田孫博先生の「謂れのない圧力の中で  ある教科書の選定について」というエッセイの紹介があった。インターネットで検索してみると、その原文を読むことができた。まず、問題を理解するために、その冒頭部分を引用紹介する。 

 

 本校では、本年四月より使用する中学校の歴史教科書に新規参入の「学び舎」による『ともに学ぶ人間の歴史』を採択した。本校での教科書の採択は、検定教科書の中から担当教科の教員たちが相談して候補を絞り、最終的には校長を責任者とする採択委員会で決定するが、今回の歴史教科書も同じ手続きを踏んで採択を決めており、教育委員会には採択理由として「本校の教育に適している」と付記して届けている。
 ところが、昨年末にある会合で、自民党の一県会議員から「なぜあの教科書を採用したのか」と詰問された。こちらとしては寝耳に水の抗議でまともに取り合わなかったのだが、年が明けて、本校出身の自民党衆議院議員から電話がかかり、「政府筋からの問い合わせなのだが」と断った上で同様の質問を投げかけてきた。今回は少し心の準備ができていたので、「検定教科書の中から選択しているのになぜ文句が出るのか分かりません。もし教科書に問題があるとすれば文科省にお話し下さい」と答えた。

 

 するとこの後、和田校長のところに抗議や嫌がらせの手紙二百通ほどが届くようになった。調べてみると、それはある右派団体や政府筋に関係する人物が画策したものということが分かった。念のために兵庫県私学教育課や教育委員会義務教育課、文科省の知人に相談すると、検定教科書の中から選定委員会で決めたものだから何の問題もないとのことだった。
 『ともに学ぶ人間の歴史』という教科書を採択した理由は「既存の教科書が高校受験を意識して要約に走りすぎたり重要語句を強調して覚えやすくしたりしているのに対し、歴史の基本である読んで考えることに主眼を置いた教科書、写真や絵画や地図などを見ることで疑問や親しみが持てる教科書を作ろうと」している点が、「学習者が主体的に問題を発見し、思考し、他の学習者と協働してより深い学習に達することを目指す」アクティブ・ラーニングに向いた教科書と評価したからだったというのだ。
 和田校長のエッセイの結論部分に、歴史家・保坂正康著『昭和史のかたち』(岩波新書)第二章「昭和史と正方形  日本型ファシズムの原型」からファシズムの権力構造は「情報の一元化」「教育の国家主義化」「弾圧立法の制定と拡大解釈」「官民挙げての暴力」という四辺の正方形の中に国民を閉じ込め、檻に入ったような状態にして、国家はその面積さらに狭くしていこうとするなどを紹介し、最後を次のように結んでいた。

 

 では、現在に当てはめるとどうなるのだろうか。第一辺については、政府による新聞やテレビ放送への圧力が顕在的な問題となっている。第二辺については、政治主導の教育改革が強引に進められている中、今回のように学校教育に対して有形無形の圧力がかかっている。第三辺については、安保法制に関する憲法の拡大解釈が行われるとともに緊急事態法という治安維持法にも似た法律が取り沙汰されている。第四辺に関しては流石に官民挙げてとまではいかないだろうが、ヘイトスピーチを振りかざす民間団体が幅を利かせている。(中略)もちろん現憲法下において戦前のような軍国主義やファシズムが復活するとは考えられないが、多様性を否定し一つの考え方しか許されないような閉塞感の強い社会という意味での「正方形」は間もなく完成する、いやひょっとすると既に完成しているのかもしれない。

 

 衆議院が解散され総選挙だというが、和田校長の心配が現実のものならないように願いたい。隣国の脅威を理由に世論を操作誘導し、まるで当たり前のように、既定路線にように軍拡を進め、右傾化を強める日本の政治状況に危機感を覚える。



2017.10.11 Wednesday 11:55
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露の新治師匠からのメール
 以下狭山パンフを読む会のメールです。転送します。露の新治拝

 狭山パンフを読む会の同志の皆さん! 狭山再審を闘う全ての皆さん!三者協議における証拠開示の動きにつき、報告を送ります。転送・拡散を!

7月の第33回三者協議で、東京高裁は東京高検に証拠開示勧告を行いました。(「犯行動機」関係の証拠物4点、20万円を手に入れるために凶悪犯罪を決意する根拠など無かった事を証明している物、\仞邂賤困気鵑僚∀実態関係のメモ、▲丱ぅ購入関係書類、他)これまで、「検討要請」程度で済まされていたのが、「勧告」に踏み込んだ点は評価すべきでしょう。検察も開示に応じざるを得ないでしょう。
しかしながら、東京高検が開示を拒んでいる、“鏗下圓痢嶌睇曄廖崋蠶◆彜愀検↓◆崋白」に至る背後に在る抗議ハンストやそれに伴う健康状態、等についての開示勧告はしませんでした。また、事実調べに至っては協議事項にすらあがっていません。
情勢が厳しい上、高齢の石川一雄さん・石川早智子さんの体調は、一度風邪をひくといつまでも咳が止まらないなど、万全とは言い難いものがあります。しかしながら、そんなお二人を筆頭に、再審弁護団・部落解放同盟を始め全国の人々が不屈に闘い続けています。10月中旬の第34回三者協議にむけ、これまで以上に下山鑑定人の尋問などの事実調べを勝ち取るための闘いを各地で強めましょう。なお、三者協議についての解放同盟の速報全文は豊中・狭山事件研究会の作成した「狭山事件最新情報」の頁http://sayamajiken.jimdo.com/からダウンロード出来ます。


2017.09.20 Wednesday 22:04
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