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曹洞宗宗務庁有道会の研修会

 

 2017年3月30日17時30分より、東京都港区の曹洞宗宗務庁で宗務庁有道会の皆さんと最新作の人権啓発映像教材『過去帳と人権』を視聴し、寺院住職と人権・差別問題について学習しました。



2017.03.31 Friday 10:01
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露の新治師匠が朝日新聞「ひと」に登場

 1月29日(日)の「朝日新聞」朝刊2面「ひと」欄に露の新治師匠が取り上げられた。「重い差別の問題を笑いで語る『人権高座』30年の落語家」という見出しだった。新治師匠は、ご承知のように2009(平成21)年以来、原則として毎年11月の第一日曜日に東雲寺で開催している「成瀬名物東雲寺寄席」の企画をしてくださり、ご自身も必ず出演くださっている上方落語の噺家さんである。
 新治師匠との出会いは25年ほど前のことになる。1991(平成3)年11月に開催された部落解放第7回千葉県研究集会に参加した後輩から、新治師匠の人権高座「新ちゃんの反省記」が面白く学ぶことも多かったという話しを聞き、曹洞宗布教師養成所での講演を打診する手紙を書いたことがきっかけだった。その後、手紙や電話でのやりとりがあって、翌年1月22日に東京都港区の曹洞宗宗務庁研修道場で「自分の人生、自分が主役」という講演をいただいた。その講演の前後に人権・差別問題について話をすると、人権を護るとりくみに対する考え方、姿勢に共感を覚えた。また、年齢も私より一月ほど早い兄貴分ということも分かり、育ってきた時代背景などが共通していて頷くことも多かった。
 このときの講演の録音を拙がテープ起こしして、新治師匠の校閲を経てブックレット『新ちゃんの反省記  自分の人生、自分が主役』を刊行した。するとこれが宗門内外から読んでみたいという希望・要望が寄せられ、増刷に次ぐ増刷となって、結果として数万部の発行となった。
 以来、反差別・人権確立を目指す仲間として、親しくお付き合いいただき、ご指導いただくようになった。携帯電話を持つようになると、折に触れメールなどで連絡を取り合い、情報交換をして来た。今回の「ひと」欄のことについても「短い記事ですが、この欄に取り上げられるのは、私にとって誠にありがたく、名誉なことで、最初で最後やと思います。まだ予定ですが、載ったら、ぜひよろしくお願いいたします」という事前のメールがあった。
当該「ひと」欄の記事を以下に紹介したい。

 

  「国籍を選んで生まれた人はいないでしょ?『第1志望はフランスです』と」。そう客席にふって、続ける。「地域や性別、本人がどうしようもない『不当な分け隔て』が差別やと思います」
  司会をするラジオ番組を聞いた自治体職員に人権講演を頼まれたのがきっかけだった。最初は「重苦しい話では」と聴衆に距離を置かれた。建前、縦皺、他人事の「た」で始まる三つを取り除こうと、「ウケるネタ」を数年かけて練った。落語家になって10年ほどの1987年、「お笑い人権高座」と銘打った。多いときは年に300回、各地で開催した。
  生まれは大阪市、落語は大学の受験に失敗したときに出会い、「癒やされ、笑いながら涙ぐんだ」。入学後は、63年に埼玉県狭山市で女子高校生が殺害された狭山事件の裁判を知り、被差別部落への「不当な分け隔て」に気づいた。卒業後の一時期、私設の夜間中学で教え、勉学の機会を奪う差別と戦争のむごさを痛感した。
  「人権とは笑顔で生きる権利。笑顔をくもらせるのが差別と戦争です」
  昨年度の文化庁芸術祭優秀賞と奈良人権文化選奨を受賞した。
  「人権高座で噺が磨かれたと思います」。差別は他人と比べ優位に立とうとする心にすむ、と考える。人権高座では「差別を無くす側にいるのか、自らにも問うています」。 

 

 5、6年ほど前、還暦を迎えた新治師匠が、これからはいろんな仕事をセーブして落語を頑張りたいというようなことをぽつりと言った。人権高座などで東奔西走をお願いして来た私としては申し訳ない感じがした。
 師匠が都内の寄席などに出演するときは、いつも日程を調整して師匠の落語を聴きに行く。師匠の話芸精進を思わせる大演目がかかることもあり、また、師匠の落語の枕には必ず「人権」のネタが使われている。



2017.02.11 Saturday 09:23
人権・平和・環境 comments(0)
露の新治師匠が朝日新聞「ひと」欄に掲載されました
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朝日新聞2017年1月29日(日)朝刊に「ひと」欄に露の新治師匠がとりあげられました。人権高座30年に取り組みが評価されてのことです。


2017.01.29 Sunday 15:52
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永平寺に行って来ました
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永平寺の修行僧の皆さんに仏教の教えと人権・部落差別の話、戒名の文字の選び方などの話をさせていただきました。


2016.08.23 Tuesday 21:04
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品川支部旗開きに参加してます
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東京芝浦食肉市場80年、青木支部長80歳


2016.01.08 Friday 18:29
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国立療養所松丘保養園の納骨堂をお参りしました。
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あいにくの雨模様でしたが、青森県布教師会現代人権啓発塾へお招きいただいた機会に、新青森駅の最寄りにある松丘保養園をお訪ねし、納骨堂をお参りさせていただきました。


2015.10.13 Tuesday 16:22
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東日本部落解放研究所第30回総会記念講演
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  2015年6月6日(土)15時〜16時30分、台東区上野区民会館において、総会(柚木は檀信徒の法要の都合で総会は欠席)に引き続き、楠原彰さん(前國學院大学教員、前日本アパルトヘイト委員会)の記念講演「人間が差別/抑圧から自由になること」を聴講した。
 楠原さんは新潟県出身で1962年新潟大学教育学部卒。東京大学大学院に進学するが、アフリカ諸国を訪問してフィールドワークを続け、当地の住民と共に暮らすなどし、さらにアパルトヘイト運動に出会うという経歴を持つ方だ。
 大学の教壇に立っていて、1980年代になると「誰かと何かをやったという経験がない」「自由は不安だから管理されたい」「アフリカの問題や部落差別の問題に出会わなければ良かった。出会わなくても生きていける」といった学生たちが出て来はじめた。こうした若者に経験を伝えることができるか、レポートを印刷するなど、対話の手法で教育実践を行って来た。
 資料として配付した1922年の「水平社宣言」、1972年の「黒人意識」宣言、1975年の日本脳性マヒ者協会「全国青い芝の会 行動綱領とその解説」、2014年の重症心身障害者の声明「きんこんの会 声明文」などを取り上げ、解説した後、それらに共通する考え方を八項目にまとめて提示された。
 以下に、その中のいくつか印象深い項目を記す(楠原さんのレジュメ+柚木メモなので、文責は柚木)。
○ 被差別者・被抑圧マイノリティであることを引き受けて生きる。被差別者はそれ自体では被差別者ではない。〈選ぶ〉という人間的な実践的行為があってはじめて差別とたたかうことができる。
○ 人間化を求める被差別者・被抑圧者のたたかいが、差別者・抑圧者をも人間化する。差別者に差別していることを気づかせ、差別とたたかう生き方をするように変えていく。
○ 差別と抑圧の意識・関係・構造から自由な人はいない。「私には関係ない」は、なりたたない。差別者・抑圧する者に自由はない。抑圧する国に自由はない。アフリカの被抑圧者の解放なくして、日本人の私の解放、自由はない。
○ 人間の自立とは、多様な人間的〈依存〉と社会的〈支え〉のなかで成り立つ。他者・社会と向き合う。
○ いかなる被差別・被抑圧者の自由を求める闘いも、その内部に、見えない気づかない被抑圧者を抱えもつ。多様な個々のアイデンティティを受け入れ合えるか。たとえば部落解放運動の中で性差別があり、同性愛者差別などがある。
 最後に質疑応答の中で、誰もがすべての差別・抑圧の問題に直接出会って経験できるわけではない。間接的な想像力を働かせて学ぶことが大切。しかし、被差別者・被抑圧者と直接的に向き合うことがないと本当の学びができないと思うというようなことを仰っていた。 
  

 


2015.06.07 Sunday 15:28
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狭山集会
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会場の都合とのことですが、例年より2日早く本日の5月21日に日比谷野外音楽堂で開催。
狭山弁護団事務局長の中北龍太郎弁護士によれば、犯人にされてしまった石川一雄さんが、自分で書いていない万年筆の隠し場所の「略図」やカバンを捨てた場所の「略図」が存在し、それが「犯人」しか知り得ない情報として証拠品とされていることが、証拠開示された取り調べの様子を録音したテープから分かるとのこと。これまでも被害者が誘拐殺害された当日に書いた文字のインクの種類と異なるインクが入っていた万年筆が証拠品とされて来た。その発見のされ方も、とても不思議で、天井裏から床下、ネズミ穴の中まで調べた二度にわたる徹底的な家宅捜索では発見されず、三度目に短時間で誰もが目に付くような低い鴨居の上から、いとも簡単に見つかるなど、疑問の多い、おかしな「証拠品」だったが、その万年筆の隠し場所やカバンの捨てた場所まで、誰が書いたか分からない「略図」によって捏造されていたということになると、これは警察側のでっち上げ以外に考えられない訳で、改めて狭山事件の闇の深さを感じた。

石川一雄さんは無実、えん罪事件です。再審開始、公正公平な裁判をしてください。
 


2015.05.21 Thursday 14:21
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改憲の動きに注意  憲法9条を護りましょう
  4月28日に外国特派員協会において行われた記者会見で、自民党憲法改正推進本部長の船田元氏は、憲法改正の最初の発議を二年以内に行い、最初は環境権など国民の理解が得やすそうなテーマを先行させ、国民が憲法改正に慣れたときに憲法9条の改正などを実現したいというようなことを言った。
  国民を憲法改正に慣れさせる?
  テレビのニュースを観ていて感じたのは、ずいぶん人を愚弄するような言い方ではないか、という思いだった。船田氏の言う憲法改正は改正などではなく、戦争のできる「普通の国」を目指す、間違いなく「改悪」だと思う。

  4月30日付『朝日新聞』夕刊に「『改憲の動き自覚を』 同志社大学卒業式 総長の祝辞話題」という記事が目に留まった。同大学の建学精神はキリスト教精神に基づく「良心」だそうである。同大学の創立者・新島襄の妻八重は2013年NHK大河ドラマ「八重の桜」の主人公のモデルだ。キリスト教系大学の先生ではあるが、記事を読んでいて、まったく同感する内容なので、引用紹介したい。

  「日本国憲法が施行され、5月3日で68年。インターネットなどで、同志社大(京都市)の3月の卒業式で法学者の大谷実総長(80)が述べた祝辞が話題になっている。『個人主義』の尊さを説き、政治の世界で強まる改憲の動きに警鐘を鳴らす内容だ。大谷総長の思いを聞いた」というリードがあって、以下のような大谷総長のインタビュー記事と祝辞(要旨)が掲載されていた。

  (前略)戦後間もないころの教育で、「これからは個人主義の時代だ」と教え込まれた。ところが世間で次第に「個人主義」が利己主義に通じる受け止め方をされるようになり、憲法学者もあまり使わなくなった。
   だが、「個人主義」という言葉には「全体主義」に反対するという特別な意味がある。その意味が薄らいでいるのは、憲法にとって危機的な状況とも言える。
    それと歩調を合わせるように、憲法を変える動きが加速している。自民党の憲法改正案には「個人が大切にされすぎているので、もっと公の利益や秩序を大切にしないといけない」という考えが出ているように見える。
   日本の国のかたちを変えようとしていることに、気づいてない人が多いのではないか。だからこの時期、やはり個人の尊重は絶対的なものだということを明確に打ち出し、卒業生に自覚してほしいと思った。(中略)
   集団的自衛権の行使を閣議決定で認めたことは、一番のショックだった。将来、「振り返ればあれが転機だったんだ」と後悔する時があるのではないか。(後略)


 同志社大学卒業式での大谷総長の祝辞(要旨)  
   私は、今日の我が国の社会や個人の考え方の基本、価値観は、個人主義に帰着すると考える。国や社会は何にも勝って、個人の自由な考え方や生き方を尊重しなければならないという原則だ。個人主義は、利己主義に反対し、全体主義とも反対する。
   安倍首相の憲法改正の意欲は並々ならぬものがある。自民党憲法草案では、「個人の尊重」という文言は改められ、「人の尊重」となっている。個人主義を、柔らかい形ではあるが改めようとしている。
   皆さんは、遅かれ早かれ憲法改正問題に直面するが、そのときには、本日あえて申し上げた個人主義を思い起こしていただきたい。そして、熟慮に熟慮を重ねて、最終的に判断して頂きたいと思う。


  理由なき突然の解散、過去最低の投票率を更新した昨年暮れの衆議院議員総選挙で、自民党などの改憲賛成派議員を全体の八割を超えさせてしまった。彼らは改憲手続きを定めた憲法96条や戦争放棄を謳う憲法9条を変えたいというが、私は「いつか来た道」への逆戻りはご免だ。

 


2015.05.07 Thursday 18:42
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神奈川部落史研究会総会、記念講演会に参加
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  4月11日(土)14時から神奈川部落史研究会の総会に出席、15時から記念講演で静岡大学大学院教授・黒川みどりさんの「近代部落史〜明治期を中心に〜」を聴講。
 講演のはじめに歴史科学協議会『歴史評論』2014年12月号に掲載されたエッセイ中に「特殊部落」という差別語が使用されていた問題について、現在までご自身が関わった経過の報告があった。黒川さんがたぶん「第一発見者」として編集部に一報を入れたとのこと。若い研究者や編集者は「特殊部落」という言葉の差別性について認識していなかったことを知り、改めて「近代部落史〜明治期を中心に〜」でさまざまな賤称が生み出され、使用されて来た歴史的事実に即して考える意味を改めて見出したとされた。
 黒川さんは、現在、月刊『ヒューマンライツ』(部落解放・人権研究所)2015年1月号から「被差別部落の歴史 近現代編」を連載中であり、4月号まで拝見したが、講演はこの連載とほぼ重なる内容だった。
 黒川さんのお話で特に印象に残ったのは、明治初期の国策「地方改良運動」が進められる中で、改良が進む村を「模範村」として表彰する一方で、地方改良運動の足をひっぱる「難村」として被差別部落が〈発見される〉ということだった。
 『ヒューマンライツ』2015年3月には、市制町村制が公布される中、被差別部落が周辺町村による差別のために町村合併ができず、行政村から排除され、被差別部落が“発見”されるということが記されている。
 この〈発見〉されるという言い方、表現について考えさせられた。


 
 
 


2015.04.12 Sunday 14:31
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