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もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である

 もしも愚者がみずから愚であると考えれば、すなわち賢者である。愚者でありながら、しかもみずから賢者だと思う者こそ、「愚者」だと言われる。『法句経』63詩

 

 3月25日(日)15時〜16時30分、東雲寺仏教講座「『法句経』を読む」第4回を開催。

 中村元訳『ブッダの真理のことば、感興のことば』(岩波文庫)の第4章「花にちなんで」51詩から第5章「愚かな人」72詩までを友松圓諦訳『法句経』(講談社学術文庫)邦訳や現代語訳、さらに同師の『法句経』(講談社)に収録されている漢訳、その読み下しを読みくらべながら、仏教の教えを学んでいる。

 自ら未熟で愚かである。私には学ぶことがまだまだある、あらゆる人やものごとから学びたいと思っているならば、そういう人を賢いと言うのだ。その逆に、自分は賢い、何でも知っている、もう学ぶことがない。そして自分以外の人々は愚かだ、と思っているようなひとは、本当の愚か者だということだろう。

 話は変わるが、映画『男はつらいよ 寅次郎 真実一路』(1984年12月)に「蒸発」した夫を捜す人妻(大原麗子)とともに旅する中で、人妻に心惹かれる自身を「醜い」と言う寅次郎に、妹さくらの夫・博が「にいさん、己の醜さに気づいている人間は決して醜くありません。本当に醜いのは自分の醜さに気づいていない人間です」と慰める場面がある。

 私は、『法句経』63詩の教えを読んだ瞬間に、寅さんの前述の「自覚」を思い出し、それは『法句経』の教えに通ずる「真実」を言っているに違いないと思った。

 



2018.03.25 Sunday 21:23
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原始仏典『法句経』を読む 

 東雲寺仏教講座で『法句経』を読むことにした。念のため申し上げるが、『法華教』と名前が似ているが、まったく違うお経である。『法句経』とは原始仏典のひとつで、お釈迦さまの〈生〉の言葉が記されているとされているものだ。『仏典解題事典』第二版(春秋社、1977年)の解説を見てみよう。

 

 法句経(ダンマパダ、真理のことば)。パーリ語で書かれた南方上座部の経蔵(小部)に含まれるテキスト。

 全編432の詩集で、これを対句・不放逸・こころ・花・愚か者・賢者・拝むに足る人・千の数・悪・むち・老・自己・世間・ブッダ・安楽・愛好・怒・汚れ・真理に生きる・道・雑集・地獄・象・欲望・修行僧・バラモンの26章に分類している。主として単独の偈(詩)を集め、時として二偈もしくは数偈が群をなす。この詩集の内容をよく見ると、ある時期に一人の人が書き下ろしたような作品ではない。原始仏教教団の中にあって、いろいろな形で伝えられていた詩を集めて、編集したものであることがわかる。編集の時期は、紀元前4〜3世紀であろうが、個々の詩ははるかに古い起源を有する。本経は仏教の倫理的教義を教えて仏道入門の指針としている。膨大な仏教経典の中でも最古のもので、ブッダの真意を伝えた珠玉の文字として珍重される。古来最も広く仏教徒に愛誦せられたもので、これほど古くまた広く仏教徒に読まれた聖典は他にないと言ってよい。したがってまた異本が多い。(後略)

 

 仏教講座で『法句経』を読み進めるために、以前より所持していた数冊の『法句経』関係の書籍の他に、新たにいくつかの現代語訳や講義本などの書籍を購入した。それらにざっと目を通して、講座での学習、検討材料として、四種の現代語訳や漢訳などを選択し、東雲寺仏教講座の独自教材を作成した。
 その四種の訳を『法句経』の中の一つの偈(詩)を例に見てみよう。『法句経』と言えば友松圓諦(1895〜1973年、日本の宗教家、仏教学者)と言われるほどの方だが、その友松師によるパーリ語経典からの邦訳と現代語訳を『法句経』(講談社学術文庫、1985年)から紹介する。まずはその独特な味わい深い邦訳。括弧内は友松師独特のふりがなである。

 

   意(おもい)は諸法(すべて)にさき立ち
   諸法(すべて)は意(おもい)に成る
   意(おもい)こそ諸法(すべて)を統(す)ぶ
   きよらなる意(おもい)にて
   且つかたり且つ行わば
   形に影がそうごとく
   たのしみ彼にしたがわん

 

 次に友松師による現代語訳。

 

 もろもろの事象は意志にしたがって生起する。それゆえに、意志はそれらに対して支配者であり、作者である。誰でも、もし純な意志をもって、或は語り、或は行うならば、やがて、たのしみは彼にあとづける。ちょうど、あの離れることをしない影のように。

 

 三つ目は紀元224年に支謙・竺将焔によって訳された漢訳経典を友松圓諦訳『法句経』(講談社、1975年)から紹介し、返り点を参考にしてその読み下し文(柚木の訓読)を掲げる。

 

  心為法本 心尊心使
  中心念善 即言即行
  福楽自追 如影随形
 
  心を法本と為す。心、尊く心に使わる。中心に善を念じて、即ち言い即ち行わば、福楽の自ら追うこと、影の形に随うが如し。

 

 四つ目は中村元訳『ブッダの真理のことば 感興のことば』(岩波文庫、1978年)の現代語訳。

 

  ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行なったりするならば、福楽はその人につき従う。    影がそのからだから離れないように。

 

 ここの「清らかな心」とは、仏教語の「清浄心」であり、この清浄は浄・不浄の浄の心ということではなく、「とらわれない心」「執着のない心」のことである。
 こうして複数の訳文を並べて見ていると、漢訳者たちのはたらきに深く敬服しつつも、私などはこれまでほぼ漢訳経典だけで仏教を学び、考え、教えを説こうとして来たようであり、忸怩たる思いがある。



2018.01.31 Wednesday 09:36
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法句経を読みました

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12月からの東雲寺仏教講座は、最古の原始仏典『法句経』を読み始めました。

 

   第一章 ひと組ずつ

1  ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行なったりするならば、苦しみはその人につき従う。    車をひく牛の足跡に車輪がついて行くように。

 

2  ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも清らかな心で話したり行なったりするならば、福楽はその人につき従う。    影がそのからだから離れないように。


3 「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだく人には、怨(うら)みはついに息(や)むことがない。

 

4 「かれは、われを罵った。かれは、われを害した。かれは、われにうち勝った。かれは、われから強奪した。」という思いをいだかない人には、ついに怨みが息(や)む。


5  実にこの世においては、怨みに報いるに怨みを以てしたならば、ついに怨みの息(や)むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である。

 

6 「われらは、ここにあって死ぬはずのものである」と覚悟しよう。    このことわりを他の人々は知っていない。しかし、このことわりを知る人々があれば、争いはしずまる。


7  この世のものを浄らかだと思いなして暮し、(眼などの)感官を抑制せず、食事の節度を知らず、怠けて勤めない者は、悪魔にうちひしがれる。    弱い樹木が風に倒されるように。

 

8  この世のものを不浄であると思いなして暮し、(眼などの)感官をよく抑制し、食事の節度を知り、信念あり、勤めはげむ者は、悪魔にうちひしがれない。    岩山が風にゆるがないように。

 

9  けがれた汚物を除いていないのに、黄褐色の法衣をまとおうと欲する人は、自制が無く真実と無いのであるから、黄褐色の法衣にふさわしくない。 

 

10   けがれた汚物を除いていて、戒律をまもることに専念している人は、自制と真実とをそなえているから、黄褐色の法衣をまとうのにふさわしい。▼

 

11 まことではないものを、まことであると見なし、まことであるものを、まことでないものと見なす人々は、あやまった思いにとらわれて、ついに真実(まこと)に達しない。

 

12   まことであるものを、まことであると知り、まことではないものを、まことではないと見なす人は、正しき思いにしたがって、ついに真実(まこと)に達する。

 

13    屋根を粗雑に葺(ふ)いてある家には雨が洩れ入るように、心を修養していないならば、情欲が心に侵入する。

 

14    屋根をよく葺(ふ)いてある家には雨の洩れ入ることが無いように、心を修養してあるならば、情欲の侵入することが無い。
 



2017.12.25 Monday 20:47
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東雲寺仏教講座「『正法眼蔵随聞記』を読む」を開講します
 1月29日(日)午後3時から東雲寺仏教講座を再開する。
 今後、月一回の開催予定だ。
 この度の仏教講座は、『正法眼蔵随聞記』をテキストにして「仏教とは何か」などを考えてみようと思っている。

 『正法眼蔵随聞記』(以下『随聞記』と略称)とは、日本曹洞宗の高祖、福井県の永平寺を開かれた道元禅師(1200〜53)が、嘉禎年間(1235〜8)に山城国深草(現在の京都市伏見区)の観音導利興聖宝林寺において、お弟子や信者さんたちに行った説法を、愛弟子の懐奘さま(1198〜1280、後の永平寺二世)が聞くに随って筆録したものを、懐奘さま没後にその弟子らによって編集された6巻の書物である。

 1229年11月以降のこととされるが、中国での修行をおえて帰国し京都建仁寺に身を寄せていた道元禅師を懐奘さまが訪ねる。正しい仏教・禅の教えを説く道元禅師に対し、懐奘さまは問答を仕掛けて論破しようとしたらしい。しかし、数日に及ぶ問答を通して、道元禅師の深い仏教理解と坐禅修行に対する確固たる信仰姿勢に感銘を受け、二歳年下の道元禅師に弟子入りを願い出る。が、道元禅師は「今は仮住まいだから」とお断りになられたと伝えられている。
 その後、1234年に道元禅師がご自身初の本格的な禅の修行道場・観音導利興聖宝林寺を建立、そこで布教活動を始めたところに懐奘さまが再び訪ねて来て、弟子入りし参随を始める。以後20年間、懐奘さまは道元禅師のお側近くで侍者という重役を務めた。さらに道元禅師遷化(僧侶が逝去すること)後も、禅師の墓所近くに庵を建てて、27年間、生前同様にお側にお仕えする生活を送り、道元禅師が遺された多くの著作や説法の記録などを収集、浄書、整理をされている。今日、私たちが道元禅師の著作を通じて、その教えに触れることができるのは、そうした懐奘さまのご努力のお陰なのだ。

 『随聞記』は懐奘さまが参随し始めた時期の三年余の間の道元禅師の説法の記録である。仏教の教えを学び日常生活の中で実践しようとする修行者の心得が記されており、仏教とは何かを考えるにはちょうど良いテキストだと思う。

 ところで、今日、私たちが目にすることができる古い時代の『随聞記』には、天台宗の僧侶が出版したとされる「慶安刊本」系と、面山瑞方校訂の「明和刊本(流布本)」系と「長円寺本」系とがある。それぞれ巻の配列、本文段章の分け方などに異同があるが、水野弥穂子先生の国語学的な研究成果などにより、「長円寺本」系が古い形を良く伝えているとされている。東雲寺仏教講座でも、原則として長円寺本を採用している水野先生訳のちくま学芸文庫『正法眼蔵随聞記』の本文を使用させていただく。
 その『随聞記』第一巻第一章段の説示。

   示に云く、はづべくんば明眼の人をはづべし。
   予、在宋の時、天童浄和尚、侍者に請ずるに云く、「外国人たりといへども元子器量人なり。」と云ッてこれを請ず。
   予、堅く是レを辞す。
   そノ故は、「和国にきこえんためにも、学道の稽古のためも大切なれども、衆中に具眼の人ありて、外国人として大叢林の侍者たらんこと、国に人なきがごとしと難ずる事あらん、尤もはづべし。」といひて、書状をもてこノ旨を伸べしかば、浄和尚、国を重くし、人をはづることを許して、更に請ぜざりしなり。

 自分の至らなさを自覚し愧じるということならば、ものの道理の見通せる人(明眼の人)からの指摘、批判をこそ恐れて気を付けるべきだという教えである。その通りだと思う。この文面からだけ考えると、誠に失礼ながら言葉は悪いが、名誉を取らず道理にしたがった、道元禅師の「自慢話」のような感じに受け取れないでもない。が、水野先生は、これは道元禅師が入門したばかりの懐奘さまを、先輩修行者を差し置いて侍者という重役に招請し、「ぜひとも、あなたに」と説得する際に言われた言葉ではないかと推論されている。
 


2012.01.27 Friday 18:55
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東雲寺仏教講座を再開します

東雲寺仏教講座のお知らせ


 2012(平成24)年1月より月一回の予定で東雲寺仏教講座を再開いたします。
 原則的に毎月第4日曜日の15時〜16時30分に開催の予定です。ただし、1月、2月は下記の日時に開催します。
 テキストには、東雲寺坐禅会会員の方のご要望で、道元禅師の教えをお弟子の懐奘さまが記録された『正法眼蔵随聞記』を用いて、「仏教とは何か」などを考えてみたいと思います。ぜひご家族ご友人とお誘い合わせの上ご参加ください。

                      
第1回 1月29日(日)15時〜16時30分
第2回 2月19日(日)15時〜16時30分   
第3回 3月25日(日)15時〜16時30分
 
 なお、申込みは、手紙、ハガキ、FAX、Eメールなどに
  ,名前、△棺蚕蝓↓E渡暖峭罅
  い完貊錣忙臆辰気譴詈のお名前など
をお書きの上、下記宛先まで申し込みください。


   住  所
             〒194-0044
             町田市成瀬4464 東雲寺
   FAX
             042−721−2964
   Eメール
            butudou-sogen@vesta.ocn.ne.jp   

 



2012.01.07 Saturday 21:31
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「おばあちゃん 何で死んじゃったの?」と問われて

  一週間ほど前、あるお檀家さんの一周忌法要があり、元気そうな子どもたちの声が控室から聞こえていた。参列者の中に故人の曾孫さんが二人いて、その一人が四、五歳くらいの男の子だった。本堂へ案内すると、その子はすぐに前机の上に置かれているお婆さまの写真を見つけ、母親に向かって「おばあちゃん、死んじゃったの?」と言い、さらに私(住職)に対しても「おばあちゃん、何で死んじゃったの?」と問うた。母親や周囲の大人たちが「静かに」「シィーッ」などと注意し、私も笑顔で応じるだけで特に返答をせずに粛々と法要を行った。参列者とともに読経、焼香をし、最後にご遺族を見守るようにとの祈りの言葉を含む回向文を唱えた。

  この30分ほどの法要の間、男の子の〈質問〉が頭に引っ掛かっていた。
 男の子の「おばあちゃん、何で死んじゃったの?」という問いかけに対し、お婆さまは一年前のある日、買い物に出かけた折、路上で倒れて救急車で大学病院に運ばれたが、翌日の夕方に亡くなったと応えたとしても、それは男の子の質問に対する応答になっていないと思った。
 それは例えば、来客があった場合、まずは挨拶、天候などを話題にした後に用件に入るのが一般的だろう。そのとき「何で来たのか?」と用件を問うと、それに対し「電車で来た」とか「バスで来た」などと交通手段を答えるようなトンチンカンなやりとりと同様になると思われたのだ。
 たぶん男の子は大好きだったお婆さまが何故に亡くなったのかを尋ねているのだ。お婆さまは、昨年、路上で倒れる直前に男の子の家を訪れており、いつもと変わらず曾孫たちに「さよなら」と言って自宅に一度もどり、それから買い物に出かけ、倒れ、亡くなっていたのである・・・・。

 法要を終えて参列者に向かい、「おばあちゃんは何で死んだのか?」という男の子の問いかけをテーマに短い法話を試みた。
 曾孫さんの質問は、「死因」を尋ねたものではない。「人はいつか必ず死ぬ」という〈真理〉を聴こうとしたものでもないと思う。何ゆえに大好きなお婆さまが死ぬのかという、〈死の意味〉を問う、根源的、哲学的、きわめて仏教的な問いではないのか、と思うと話を始めた。
 そして『法華経』「如来寿量品」には〈死〉について考える手がかりになると思われるエピソードがあると、その概略を紹介した。「法華七喩」と言われる『法華経』の七つの例え話のひとつ「良医病子(良医治子)」という話である。

  ある所に腕の立つ良医がおり、彼には百人余りの子供がいた。ある時、良医の留守中に子供たちが毒薬を飲んで苦しんでいた。そこへ帰った良医は薬を調合して子供たちに与えたが、半数の子供たちは毒気が軽減だったのか父親の薬を素直に飲んで本心を取り戻した。しかし残りの子供たちはそれも毒だと思い飲もうとしなかった。そこで良医は一計を案じ、いったん外出して使いの者を出し、父親が出先で死んだと告げさせた。父の死を聞いた子供たちは毒気も忘れ嘆き悲しみ、大いに憂いて、父親が残してくれた良薬を飲んで病を治すことができた。この物語の良医は仏で、病で苦しむ子供たちを衆生、良医が帰宅し病の子らを救う姿は仏が一切衆生を救う姿、良医が死んだというのは方便で涅槃したことを表している。 (ウィキペディア)

 『法華経』では、永遠の菩薩行(利他行・衆生救済)によって、永遠の寿命を得ている如来(お釈迦さま)が、法華経の教えによって私たちを救済するために、方便(説得の手段)として「涅槃(死)」を表したというのである。
 男の子の「おばあちゃん、何で死んじゃったの?」という問いに対して、「おばあちゃんはね、きみと妹さんが大好きだったんだよ。それでね、きみたちがけんかして『バカ』っていうと『バカ』っていう言い合いを聴くのは悲しい。でも『遊ぼう』っていうと『遊ぼう』っていう二人のやりとりを聴くのは嬉しかった。
 だから二人に一緒にいてほしいし、いつも仲良くしていてほしいから、お婆さまは亡くなったんだよ」という応えではどうか。



2011.06.19 Sunday 15:55
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