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秋彼岸入りの日に曼珠沙華開花

晴れた日は毎日、境内の落ち葉掃きをしています。

今年は7月の長雨、8月の猛暑、彼岸花の芽が出るのが遅く感じられ、

「今年はお彼岸に彼岸花が咲かないね」と話していたら、

なんと今朝、咲いてました。



2020.09.19 Saturday 15:09
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IP回線が切れた?

 7月5日(日曜日)21時40分過ぎ、インターネットがつながらなくなり、思いつく限りのさまざまな方法でつなごうと試みていると、22時過ぎに庫裡正面玄関で来訪者の「ピンポン」。こんな夜遅くに誰かと思い「どなたですか?」と尋ねると、ALSOKの警備員で、東雲寺の本堂や庫裡の警備ができなくなっているという。普通なら、予め電話連絡があって警備の方が確認に来るはずなのに、予めの電話がなかった。そのことを玄関の扉越しに言うと、東雲寺の電話が通じなくなっているという。

 ヘルメット姿を確認して玄関の鍵を開け、庫裡に上がっていただき、点検してもらうと、IP回線が断線しているとのこと。

 この日の午後、時折、風雨が激しくなったりしていたので、電話線などが境内のサクラの木の枝か何かで切れたのかと思った。

 ALSOKの警備の方の助言で、住職の携帯電話から「113」ダイヤルでNTTの24時間対応の故障係へ連絡。

 断線などの故障係から折り返し電話させるとの回答。ウトウトしながら待っていると、日付が変わった7月6日の0時過ぎに、NTT故障問題受付の方から住職携帯に連絡があった。

 NTTの受付の親切な説明と指示でIP回線の受信装置の状況を確認、確かに光通信がOFFになっていた。

 本堂や庫裡の警備ができない、インターネットやメールがつながらないという問題もさることながら、お盆を控えた現在、今年は特に「新型コロナウイルス問題」によって特別な「無参列」などのお盆行事になってしまっているため、檀信徒の皆さまからの問い合わせの電話が絶えない時期に、電話が通じないということが大問題。しかし、電話口の方の話によると、故障修理担当者の方が東雲寺に来て下さるのは、早くて7日(火曜日)午前中とのこと。

 36時間、通信が途絶える状態、さらに7日午前中の故障修理の方の作業でIP回線が修復するかどうかも分からない、という不安。

 6日(月曜日)には、FAXがつながらないので文書を持って来て下さった方、電話がつながらないので息子さんの運転でお寺に来て用件を伝えて下さった方もおられた。IP回線が切れているという事情を説明させていただいた。

 大きなトラブルにならないように祈りつつ、本日、7月7日を迎え、午前9時過ぎ、NTTの故障修理の方が10時ころには東雲寺に到着するとのこと。なんとか修復してほしいと願いつつも、サクラの木の枝による断線だったりしたら、これから何日間か、各種通信不通状況が続くことになる。「それも仕方がない」などと諦めてはじめていると・・・・・

 故障修理担当猶方が点検、その結果、床下のIP回線をネズミがかじって断線していたことが判明。一時間もかからずに修復。

 IP回線をかじった〈犯人〉らしいネズミは「ネズミ取り」に捕まっていて、NTTの故障修理の方によって駆除。

 ・・・・・たかがネズミ、されどネズミ・・・・でした。   

 

 



2020.07.07 Tuesday 22:44
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ハクビシンやアライグマの迷惑な「お客さま」たち

 このところ東雲寺の庫裡や客殿の「造築」部分の床下や天井裏にハクビシンやアライグマが出入りし、住職の執務室近くの廊下の天井裏などをガサゴソとわがもの顔で歩きまわっていました。アライグマは家族で侵入しているようで、親子が昼夜かまわずに鳴き交わしていました。駆除業者がワナを仕掛けてくださり、6月初めには床下のワナにハクビシンが、一昨日と昨日には天井裏のワナにアライグマが捕獲されました。まだ、数匹の足音が聞こえていますので、迷惑な「お客様」の駆除が続きます。

 この迷惑な「お客さま」たちは、殺処分ではなく、野生に帰すのだそうです。



2020.06.17 Wednesday 18:16
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紫陽花

東雲寺の本堂裏の竹林そばの紫陽花。



2020.06.09 Tuesday 18:10
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堀江トヨさんが書写した「服従法」など

 日露戦争従軍看護婦・堀江トヨさん(1878〜1906)の遺品に和綴冊子『服従法』(本文46頁、B5版大)と『海軍 服従法』(本文63頁、同前)があった。『服従法』が「甲 陸軍」に関するもので、「乙 海軍」に関するものが『海軍 服従法』だ。後者の1頁〜48頁は海軍武官の階級、服制徽章の各種の図面、その解説などが丁寧に書写されていた。そして49頁〜58頁前半までが「敬禮法」。その後の58頁後半〜63頁まで「服従法」と「尊称及称呼」が書写されていた。ただし、「敬禮法」までの筆致とおよそ異なる毛筆の殴り書きだった。このためトヨさんが書写した「服従法」には判読困難な箇所があった。 


 インターネットを使い〈服従法〉という語で検索し調べた。これまでのところ条文が完全に一致するものはないが、類似のものとしては国立国会図書館デジタルコレクションの宮澤代太郎編『軍隊學:兵卒教範』(東雲堂、1989〈明治31〉年11月)の「服従」の条文、大濱徹也編『近代民衆の記録 8 兵士』(新人物往来社、1978〈昭和53年10月)所収の「服従」(『在郷軍人心得』1908〈明治41〉年6月)の条文があった。これらを参照しつつトミさん書写の「服従法」を読んでみたい。

 その前に、まず49頁からの「敬禮法」の冒頭部分を紹介する(句読点、ふりがなは柚木。以下同じ)。


     陸軍禮式抜萃
  爰ニ陸軍禮式ヲ裁定セラル。夫レ禮式ノ軍人ニ於ケルヤ重キ事、常人ニ倍蓰スル(中略)此ノ禮式ノ主トスル所ハ唯外貌ノミニ非スシテ、最モ中心ニアル者トス心苟モ恭敬ナラザレバ外貌或ハ正シクヲ表スルモ、唯是虚文仮飾ニシテ決シテ眞正ノ禮儀ニ非ズ(中略)
     陸軍禮式 総則
  第一條 (中略)
  第二條 禮式ハ其人ニ對シテ行フニ非ス、其官職ニ對シテ行フ者ナレハ、受禮者ハ毫モ之レヲ宥恕ス可カ〔ラ〕ズ(後略)
礼式は軍人にとって重要なことなのでこれを定めるが、上辺を取り繕うことでなく心から敬い行うことが重要であり、礼式は官職に対して行うものだなどということが記されている。こうしたことを承けていよいよ「服従法」である。
     服従法
  第一条 凡ソ命ニ服シ令ニ従ハ紀律整立ノ基タルヲ以テ上下尊卑ノ分ヲ乱サス。上タル者ハ下タル者ヲ愛シ、下タル者ハ上タル者ヲ敬ヒ、其心ヲ公平ニ置キ、諸事柔和ニシテ決シテ威迫粗暴ノ擧動アル可カラス。
  第二条 凡ソ下級者ハ上級者ニ對シ服従スルトキハ階級ヲ逐フテ厳重ナルベシ。決シテ諛フコトナク各其分限ヲ守リ以テ恭敬尊奉スベシ。此階級ニ就テハ同級同僚中ト虽トモ新古ニ應シ服従ヲ要ス。総テノ勤務及公會ニ於テモ之ヲ守ラシム。故ニ此法ヲ労シテ恰モ階級ノ上ナルモノニ於ケルガ如クナルベシ。
  第三条 物品或ハ場所其他諸般ノ監守勤務中ハ、各其職權アルヲ以テ、上級者ト虽トモ此者ニ對シ勤務上ニ就テハ其權ヲ犯ス可ラス。
  第四条 我ガ陸海軍隊ハ勿論同盟國ノ赤十字社又ハ軍隊ト虽トモ、連合スルトキハ亦同シク服従ノ守定則ニ守ルベシ。(後略)


 上たる者は下たる者を愛し、下たる者は上たる者を敬って服従し、同級同僚でも新参の者は古参に服従する、下級者が監守勤務中などのときは上級者であってもその職権を犯してはならないなどということである。そして第四条には「赤十字社」という語が出て来る。が、これは今のところ他の「服従」の条文には見当たらない。
 末尾の「尊称及称呼」では、天皇皇后には陛下、皇太子や皇族には殿下。勅任官(中将、少将)には閣下、奏任官(大佐から少尉など)には殿という(親任官〈大将〉の文言欠)などが記されていた。最後に上級者が下級者を呼ぶときには姓と職とを呼ぶとして「例令ハ某主幹若クハ某看護婦ト云フガ如し」とあった。
 トヨさんが、和綴冊子『海軍 服従法』の中で肝腎の「服従法」を殴り書きしたのは何故だったのか。

 時間が無くて急いで書写した?

 服従法の条文の内容が自明のことで写すほどのこともなかった?
 



2020.05.31 Sunday 21:46
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柚(ユズ)の花

 

先代住職が自身の姓「柚木」に因んで境内の何カ所かに柚の木を植えていた。

今年はその柚の木の一本が写真のようにたくさんの花をつけている。

みな口をそろえて「今年は柚の花がたくさん咲いている」と。

このままたくさんの柚が実るわけではないと思うが、ちょっと楽しみ。



2020.05.09 Saturday 11:01
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サクランボ

 

4月末からの数日間、東雲寺の東側の丘の上の草刈りをしています。一日二時間あまりですが、エンジン付草刈り機を使って草刈りをすると、作務衣が汗でぐっしょりになるような感じです。

ふと眼を上げると、河津サクラの枝に可愛いサクランボがたわわになっていました。

食用の「佐藤錦」のような食べられる大きさのサクランボではなく小粒ですが、五月晴れのもと、見応えがありました。



2020.05.03 Sunday 06:03
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境内の藤の花

 

 朝のお散歩で東雲寺に立ち寄る中で、藤の花の写真を撮っている方たちがいます。

 もう少し紫色が鮮やかになるような気がしますが、朝日に映える藤の花の鮮やかさは、写真では分かりません。

 



2020.04.25 Saturday 17:57
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敵味方の差別なく日露戦争負傷兵を看護した堀江トヨさん

 日露戦争従軍看護婦・堀江トヨさん(1878〜1906)の遺品を拝見する機会があり、そのことを通して、そのお徳、ご生涯を偲びつつ、トヨさんが生きた時代を見てみようと思っている。
 日本赤十字社のホームページによると、1889(明治22)年6月に「日本赤十字社看護婦養成規則」を制定し、同年11月に看護婦生徒募集や養成手続きの草案をまとめ、生徒募集10名で1890(明治23)年から養成を開始したという。
 トヨさんが自ら書写した教本や講義録などの遺品の中でもっとも古い日付が記されたものが『明治丗三年九月十六日/試験室ノ心得』(1900年、B5版ほどの和綴冊子)である。
 堀江トヨさんの遺品資料の展示を計画している研究者の方たちの事前調査があり、急きょ、遺品の持主のH・Hさんにお返ししたためこの『試験室ノ心得』の詳細について未確認なのだが、赤十字社病院の看護婦生徒募集に応募したトヨさんにとって、これはいわゆるの「受験要項」のようなものではなかったかと思う。
 そしてトミさんは入学後三年間、赤十字社病院看護婦養成課程で学びつつ病院での明番や宵番などを勤めた。1903(明治36)年10月15日に病院長より「看護婦證書」が授与され、翌16日付で「日本赤十字社準備看護婦ヲ命ス」という辞令を受けている。その翌年の1月16日には東京府知事より「看護婦免状」を付与され、看護婦としての活動を本格的に始めたようだ。

 

 ところで、なぜ堀江トヨさんが日本赤十字社病院の看護婦生徒募集に応募したか、である。トヨさんは当時の女性として高度の教育を受け、広い視野と種々の情報を得ることができる家庭環境にあったのだろうと思う。また、母親の堀江フデさんが1899(明治32)年5月15日に47歳で亡くなっており、それが看護医療への道に進むきっかけになったのかも知れない。

 

 赤十字社は、スイス人の実業家アンリー・デュナンの「戦場の負傷者と病人は敵味方の差別なく救護する」という考えから設立に至った国際組織である。デュナンに敬意をはらい彼の母国スイスの国旗から「赤十字」をシンボルとし組織名にしたとされる(現在では「赤新月社」などもある)。日本では、1877(明治10)年2月の西南戦争の折に多数の死傷者が出て、その悲惨な状況を目にした佐野常民(1823〜1902年、佐賀藩出身、明治の政治家)によって赤十字社と同じような「博愛社」が創立され、1886(明治19)年に日本のジュネーブ条約加入によって、その名称を変えて日本赤十字社が発足している。
 こうしたことで、もともと日本赤十字社は戦時救護を目的に設立された組織だったが、1888(明治21)年7月の磐梯山噴火、1891(明治24)年10月の濃尾大地震などを契機に災害救護も行うようになって今日に至っている。

 

 堀江トヨさんは、町田地方史研究会編『町田歴史人物事典』(小島史料館、2005年)によると「明治36年赤十字社第二救護班に編入され、翌37年5月、日露戦争勃発とともに広島陸軍病院勤務。この頃弟の重治が出征。同年11月、宇品と大連を結ぶ病院船博愛丸に転乗。日露戦争が激しくなるにつれて、傷病兵の数も増し、堀江は患者一人一人の看護と激励に情熱を燃やしていった。こうして、宇品・大連間を11か月に40数回往復した(以下略)」という。

 

 再び日本赤十字社のホームページを見ると

 

 日露戦争は1904(明治37)年2月に勃発し、約1年9ヶ月の間に多くの傷病者を出ました。日本赤十字社はこの間に152の救護班、約5,170人の救護員を満州や朝鮮などの戦地、大陸と日本を往復する病院船、また国内の軍病院などに派遣しました。
 日本赤十字社の救護活動は、日本兵だけにとどまらず、ロシアの傷病兵や俘虜(捕虜)に対しても同様に行われました。

 

 とあり、これには治療中の負傷ロシア人捕虜や愛媛県の松山俘虜収容所で義足を手にする捕虜の写真が添えられていた。トヨさんは博愛丸で敵味方の差別なく傷病兵の救護にあたっていたのだ。(つづく)



2020.04.20 Monday 12:31
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タケノコが採れました

 

東雲寺の境内で毎年一番早くタケノコが出て来るところから2本頭を出しました。

タケノコを使った散らし寿司とワカメとタケノコのお味噌汁をいただきました。



2020.04.04 Saturday 21:29
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