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アジサイの美しさが写真では伝えられません

 

 朝方、庭掃除をしていて、ふと目にしたアジサイがとてもきれいで、家にもどってカメラを手にし、何度か撮影しました。残念ながら目で見た美しいアジサイの色を撮影できませんでした。



2019.06.30 Sunday 21:40
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仏教興起時のヴァルナについて(その3)

 仏教興起時代のヴァルナについて確かめたいことがあって、古代インドの歴史や原始仏教などの書籍、いくつかの仏教辞典類などに目を通したが、〈答え〉を見つけることができなかった。ヴァルナとは「ヒンドゥー教社会を四層の種姓に分割する宗教的身分制度である。共同体の単位であるジャーティも併せ、カーストと総称される。上位からバラモン(司祭者)、クシャトリヤ(王族)、ヴァイシャ(庶民)、シュードラ(隷民)の身分が存在」するとされる。(ウィキペディア、括弧内は柚木)


 すでに報告の通り、折々にご指導いただいている門馬幸夫先生(駿河台大学名誉教授、宗教社会学、東京都人権啓発センター委員)に仏教興起時代のヴァルナなどについてお尋ねしたところ、親切なお手紙をいただいた。その中で堀晄著『古代インド文明の謎』(吉川弘文館、2008年)や山口瑞鳳著『評説 インド仏教哲学史』(岩波書店、2010年)を紹介くださった。両書とも私の疑問に対する応答の範囲を超えたところに記されていたものだったが、非常に興味深く感じたので、早速取り寄せ『評説 インド仏教哲学史』の方は座右において味読し続けている。『古代インド文明の謎』の方は入手してすぐに読み終えた。このとき気になったところにポストイットを貼りながら読んだので、以下にその気になった箇所のいくつかを以下に紹介したい。

 

 インド文明史は、アーリヤ人の侵入という全く証明もされていない呪縛思想によって無惨な姿を呈していると、私には思えてならない。アーリや人が南ロシアから中央アジアを通って侵入し、インダス文化を滅ぼしたという威勢の良い説、あるいはインダスの退潮期に入り込んできたという折衷案が提示されてきたが、その根拠は言語学の仮説以外には何もないのである。言語の伝播は人間集団の移動を前提にするものでは決してない。政治的、経済的さまざまな要因が絡んでおり、単純な民族移動説は一九世紀の遺物に他ならない。(74頁)

 

 古代インド史に必ず記されているアーリヤ人の侵入が確かなことではないというのである。

 

 青銅器時代後期から初期鉄器時代の中央アジアには、他地域から侵入して在地の文化を圧倒した集団、あるいは文化は認められないであろう。青銅器時代前期、中期、あるいは金石併用期に遡っても、この状況は変わらない。インド・アーリヤ語族、あるいはインド・イラン語族の大規模な民族移動があったという仮説は、考古学的には支持するに足る証拠は全くない。しかし、歴史時代初頭のイランから北インドの住民がイラン系とインド系の人々だったことは間違いない。とすれば、人々の移動は青銅器時代や金石併用期時代以前、すなわち新石器時代に求めざるを得ないのである。(105頁)

 

 古代インドにアーリヤ人の大移動・侵入の証拠がないというのである。さらに遺伝子調査による新人(ホモ・サピエンス・サピエンス)の拡散に関する記述の中には次のような一文があった。

 

(前略)の波は後期旧石器時代末期の拡散に関連しているのだろうが、北ヨーロッパ、中央アジア、南アジア、北アフリカに同じタイプの人類が分布しているということは、黒人、白人、黄色人種などという人種分類は無意味であることを示唆している。肌の色は紫外線の強度に対する適応にすぎず、遷移的な分布を示すのである(ジャブロンスキー他 二〇〇五)。また、時間的にも一万年程度でこのような変化が起きてしまう表面的な現象にすぎないのである。
 この遺伝子分布地図によれば、北インドも南インドも同じタイプの人類が分布し、バルチスタン以西のイラン系のタイプとは一線を画していることが注目されよう。南インドには肌の黒いドラビダ系民族、北インドには肌の白いアーリア系民族が住んでいると一般には説明されているが、それらは肌色の傾向の違いにすぎず、遺伝子的には同じタイプに属していると考えられるのである。(35頁)

 

 これは侵入者と駆逐された人とが同じタイプに属するという、古代インド史の〈常識〉を覆す説である。



2019.06.04 Tuesday 21:46
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仏教興起時代のヴァルナについて(その2)

 最古の仏典『スッタニパータ』を学ぶため購入した宮坂宥勝訳『ブッダの教え スッタニパータ』(法蔵館、2002年)の「序文  最初期の仏教について」の中の「チャンダーラ」に関する記述に疑問を感じ、識者の方に手紙を差し上げご指導を仰いだ。
なお、「チャンダーラ」は「旃陀羅」と音写されて、中村元他編『岩波仏教辞典』では次のように解説されている。

 

旃陀羅 サンスクリット原語(スペル略)チャンダーラに相当する音写。インドの社会で最下層に属する身分をいう。上位の階層から触れるべからざるものとして差別され、不可触民と称された。古代の『マヌ法典』によれば、首陀羅出身の父と婆羅門出身の母との間に生まれた混血種をいい、四姓の外に落とされた。(後略)

 

 この「旃陀羅」については、経典や祖録、差別戒名などに存在しており、人権確立・差別撤廃にとりくむ人たちから曹洞宗はじめ各仏教教団が厳しく問われ、見解を求められて来た問題である。この問題などへの曹洞宗教団のとりくみの中で指導的立場でご尽力いただいた先生のお一人、奈良康明先生(1929〜2017年、台東区法清寺住職、駒澤大学総長、大本山永平寺西堂などを歴任)がもしご存命であればインド仏教文化史がご専門だった先生に真っ先にお教えを願ったところだが、残念ながらすでに遷化されており、それが叶わない。
 奈良先生とともに曹洞宗教団の人権・差別問題へのとりくみに尽力された門馬幸夫先生(駿河台大学名誉教授、宗教社会学、東京都人権啓発センター委員)に手紙を差し上げると数日後に返信を頂戴した。門馬先生は部落解放同盟栃木県連合会の和田献一氏らが永年とりくんでおられるインドのダリット(いわゆる四姓外の不可触民とされている被差別民)自立支援プログラムの活動で何度か現地を訪れている方である。

 

  書面を拝見しました。
  この件に関しましては、専門知識を持っていないため、以下の(目下の)考えはまったく小生の推測に基づくもので、詳しくは、やはり然るべき専門家にお伺いしたほうが確実と思われます。
  小生の考え
  宮坂宥勝氏の「種族の分類」の項の記述は、氏独自の見方の「分類」と思われますが、氏が他の文献から整理して記述した可能性もあります。
  が、小生のつたない管見の範囲では、「種族」(通常は英語文献も含め「部族・tribe」と記述が一般的です)と記述し、「部族」をこのように三分類にして記述する事例を小生はほとんど、知りません。
  これは、ポスト・ヴェーダー時代(仏教成立時代、前600年〜前320年頃)のアーリヤ人(アーリヤ系文化を奉じアーリヤと自称する民族)が農耕社会を築いた、とすることから、そのように分類した可能性もあります。
  ただし、以下のような書物では、そのような分類は出てきません。
 
      山崎元一『古代インド社会の研究』刀水書房、1986年
      コーサンビー著、山崎利男訳『インド古代史』岩波書店、1966年
      辻 直四郎責任編集『インド 悠久なる文化の全貌』名著普及会、1943年
     
   なお、「インド・アーリヤ人」(の東進)という考え方についても、現在は、それが言語学上の一仮説であり、考古学的・オリエント学・歴史学上では、いまだ証明されておらず、疑問視もされています。
    堀 晄(あきら)『古代インド文明の謎』吉川弘文館、2008年 (以下、古いインド思想、インド部族の宗教に関する文献を中略)
   以上、とりいそぎ、管見のかぎり、瞥見してみました。ご寛容を。

 

 というお手紙だった。そしてお手紙をいただいた日の夜、さらにお電話をいただきご親切な助言指導を頂戴した。特にアーリヤ人の東進が考古学的には確認されていないということや『スッタニパータ』よりも山口瑞鳳先生の『評説 インド仏教哲学史』(岩波書店)を読んではどうかなど、たいへん有益なお話しをお聞きすることができた。(つづく)



2019.05.21 Tuesday 08:17
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仏教興起時代のヴァルナについて

  最古の仏典『スッタニパータ』を学ぶために新たに購入した宮坂宥勝訳『ブッダの教え スッタニパータ』(法蔵館、2002年)の「序文  最初期の仏教について」に、まことに不勉強な私ではあるが、私がこれまで他では見聞きしたことのない記述があった。「仏教の発生起源と多文化性とをよりグローバルに解明するためには仏教興起の時代は国家と種族とが共存する不均等社会であったことが、まず確認されなければならない」として、続けて農耕種族、林住種族、山地種族という三種の種族の分類、解説を記している。特に目を惹くのは、その中の林住種族についての次のような解説文である。

 

  狩猟採集生活をする種族である。当時、ガンジス平原を一面に覆っていた森林地帯に居住していた。たとえばチャンダーラ族(スペルや注記略、以下同じ)、プックサ族、そのほかである。
  彼らはインド・アリアン民族の東進につれてアリアン社会では階級外の存在として社会の最下層に組み込まれるに至った。
  たとえば、釈尊はチャンダーラを救って仏教徒にしたと伝える初期仏典やいくつかのチャンダーラ族にまつわる伝承があるのは、釈尊は彼らと同じ種族社会の出身であったからである。なお、釈尊がチャンダーラの問題を取り上げたのは、民族や社会的階層によって人間を差別するのを厳しく批判するためにほかならなかったからである。(後略)

 

 そして「種族の分類」の項の最後を以下のように結んでいる。長くなるが引用紹介する。

 

 仏教やジャイナ教が興起した当時、彼等の大部分は農耕種族であって、種族共同体を形成し、ガンジス河中流域の北岸地方に居住して、その北限はヒマラヤ前山山脈であった。もちろん、彼等はヴェーダ・アリアン社会に固有の階級制度である司祭階級・戦士階級・庶民階級・隷属階級のいずれにも入らない、階級外の存在いわゆるアウト・カーストである。このような古代インド固有の階級制度  階級はサンスクリット語でヴァルナというが、ヴァルナとは本来、皮膚の色を意味する  は、『ヤジュル・ヴェーダ』の成立期すなわち後期ヴェーダ時代にはすでに社会的に制度化されていた。
 釈迦族をはじめとする農耕種族がアリアン的社会体制における戦士階級として位置づけられたのは、彼等は本来、自衛のために武装した農耕民であったからである。たとえば釈迦族はすべて戦士族と呼ばれる。

 

  一読した印象として、随分と断定的な言い方がなされていて衝撃的だった。
  中村元著『原始仏教』(NHKブックス、1970年)の釈尊入滅当時にこととする文章の中では「生活物資が豊富となり、商工業が発達したのにともなって、貨幣経済の進展がいちじるしい」と記した後にヴァルナに関して次のように言う。

 

(前略)貨幣で評価される財産を多く所有する人が、社会的勢力をもつようになるのは当然であろう。都市には莫大な富が蓄積され、商工業者たちは多数の組合(原語などの注記略、以下同じ)を形成し、都市の内部の経済的実権を掌握していた。(中略)
いまや経済的実権を把握した人が社会的覇者として登場した。『たとえシュードラ(奴隷)であろうとも、財宝、米穀、金銀に富んでいるならば、クシャトリヤ(王族)でも、バラモンでも、庶民でも、かれより先に起き、後に寝て、進んでかれの用事を務め、かれの気に入ることを行い、かれに対して好ましいことばを掛けるであろう。』という社会的事情が、原始仏教聖典の中に認められている。

 

 さらに早島鏡正著『ゴータマ・ブッダ』(講談社、1979年)、奈良康明著『釈尊との対話』(NHKブックス、1988年)、山元一著『古代インドの文明と社会』(中央公論社、1997年)、中村元著『古代インド』(講談社学術文庫、2004年)などのヴァルナに関係する箇所を読んでみたが、宮坂氏のような解説文は見当たらなかった。このことに大きな疑問を感じて、識者の方たちに手紙を書いて、ご指導を仰ぐことにした。(つづく)



2019.05.13 Monday 09:02
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東雲寺の丘の上のツツジ

 

桜の季節が過ぎ、好天に恵まれていますので、東雲寺裏の丘の上の草刈りを3時間ほどやりました。ツツジが見ごろです。

 



2019.04.22 Monday 13:48
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旧暦「桃の節句」 暦について調べてみました

 

 2019(平成31)年4月7日は、太陰太陽暦(旧暦)の3月3日、上巳の節句、「桃の節句」である。上巳(じょうし)とは「五節句のひとつ。昔、中国で、三月最初の巳の日に行われた祓・招魂の儀が源というが、平安時代に日本に取り入れられ、今日の雛祭り、桃の節句となった」(『月と季節の暦』2019年)という。一月ほど前の3月3日には桃の花は莟にもなっていなかったが、旧暦の3月3日、すなわち本日、東雲寺の紅白ピンクの花桃の花が咲き、まさに「桃の節句」である。

 

 最近、墓石に故人の歿年月日を彫刻する際に旧暦も併記したいという檀家さんがあって、過去の太陽暦の年月日を旧暦の年月日に変換するため、太陰太陽暦について調べることがあった。
 以下、主に内田正男著『暦と時の事典』(雄山閣、1986年)を参照して記す。
 まず、太陰暦というのは月の満ち欠けの周期にのみよる暦で、一ヵ月の日数が30日と29日とを交互に繰り返すので、一年、12ヵ月で354日となる。太陰暦を使うところでは、30年の間に11回の閏年を設けて年末の29日を30日にするなどして調整しているそうだ。それでも太陽暦の365日より10日余少ないため、年月が経過するうちに日付と季節との間にズレが生じて、四季がある地域、農耕を行うところなどでは太陰暦は使えない。

 

 現在、世界中で毎日の生活に使われている太陽暦(グレゴリオ暦)になる前まで日本で使用していた暦が太陰太陽暦(旧暦)である。太陰太陽暦は、太陽年の365日余という一年の周期と月の満ち欠けの29・5日という一月の周期を組み合わせ、19年に7回、閏月を設けて調整するものである。「世界の古くから文明の発達した国々の暦、ユダヤ暦、ギリシャ暦、バビロニア暦そして中国の暦などは、みな太陰太陽暦であった。(中略)日本では中国から暦法が伝えられて以来、明治5年までずっと太陰太陽暦が用いられ」てきたという。
 今年2月5日は旧暦元旦で、中国はじめ中華圏で「春節」と言い、もっとも重要な祝祭日であって、新暦の正月に比べ盛大にお祝いされることで知られている。また、中国、台湾、韓国、ベトナム、シンガポール、マレーシア、インドネシアなどでは数日間の祝日があって、毎年この時季には、いわゆるインバウンドツーリズム    外国からの旅行客が大勢日本にやって来る。お寺関係では、中国などの石材業者が長期休暇をとるため輸出入が滞り、日本の建墓工事に影響が出る。

 

 太陽暦(グレゴリオ暦)は、「西暦年数が四で割り切れる年を閏年とするが、100で割り切れる(100は4の倍数であるから100で割り切れる年はもちろん4でも割り切れる)年のみは100で割った商が4で割り切れない時は平年とする」というものである。400年で97回の閏年となり、一太陽年との差が極めて小さくなっている。4年に一度の閏年で2月29日があるとばかり思っていたが、そうではない年もあるということだし、4年に一度の閏年にオリンピックが開催されると思っていたが、2100年のオリンピックは平年開催となるようだ。
なぜ2月だけが28日、閏年は29日で終わるのか。古代ローマの暦が現在の3月を年の始めとし、2月を年末としていたからということを2月16日のNHKテレビ『チコちゃん叱られる』で知った。紀元前713年、ローマ国王ヌマ・ポンピリウスによる暦からのことのようである。

 

 元号が5月1日に改まる。「平成が終わるので、平成の年号でのお塔婆を建てたい」という檀家さんの依頼があり、塔婆供養をお請けした。私たちはさまざまな形で暦の影響を受けながら生活しているということを改めて感じた。元号(=年号)とは「年につける称号。中国で、皇帝が時をも支配するという思想から、漢の武帝のとき〈西暦紀元前140年〉に『建元』と号したのに始まる(後略)」(『広辞苑』第七版)という。1979(昭和54)年制定の「元号法」に「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」とされている。元号には支配者による「時の支配」という意味がある。



2019.04.08 Monday 09:38
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町田市仏教会「花まつりの集い」

 

 

 2019年4月2日(火)15時〜17時、町田市原町田3丁目のベストウエスタン レンブラントホテル東京町田において「町田市仏教会花まつりの集い」が開催されました。約140名の方々がご参加くださいました。

 第一部「花まつり法要」散華、般若心経読誦と大本山總持寺布教師による「法話」、第二部「雅楽のしらべ」主に東京都内の僧侶たちで構成する「曹洞韶音会」の8名の方が「五常楽急」や「越殿楽」などを演奏。聴衆を平安時代の日本の古典音楽の世界に連れて行ってくれました。

 

 お檀家さんから、法要も法話も雅楽もみな曹洞宗で他宗派のお寺さんも参列されていたのにどうしてなのかというような質問がありました。

 

 現在、会長は町田市内の鶴川地区担当ということで大蔵町の曹洞宗安全寺さんが町田市仏教会会長に就任(任期2年)、法要導師は忠生地区担当で木曽の曹洞宗福昌寺さん、庶務担当が南町田(旧鶴間)の曹洞宗常楽寺さんということで、頼みやすい人脈で曹洞宗内の方たちに法話や雅楽をお願いし、結果的に曹洞宗一色のような町田市仏教会の花まつり行事になりました。今年は曹洞宗ですが、次年度、次々年度は他の宗派の法要と法話というようなことになると思います。

 

 20数年前はずうっと獅子てんやさんが、毎年、漫談をやってました。その後、10年くらいは金馬さんの弟子などの落語家を呼んでましたので、今年のような般若心経を読んでの本格的な法要や僧侶の法話、そして雅楽演奏というようなことは数十年ぶりだと思います。

 

 以前は法要と言っても、各宗派共通ということで「三帰礼文(さんきらいもん=下記)」を唱えるだけの1分くらいで終わり。仏教会長が挨拶を兼ねて法話10分くらい。そして落語や漫談でした。このようなやり方に、私は以前から疑問を感じておりました。各宗派の持ち味を活かして法要を行い、それぞれの企画を出しながら花まつりという、今回の方針に私は賛成しています。

 

(導師)みずから仏に帰依(きえ)したてまつる

(一同)まさに願わくは衆生(しゅじょう)とともに

     大道を体解(たいげ)して

     無上意をおこさん

 

(導師)みずから法に帰依したてまつる

(一同)まさに願わくは衆生とともに

     深く経蔵(きょうぞう)に入りて

     智慧 海の如くならん

 

(導師)みずから僧に帰依したてまつる

(一同)まさに願わくは衆生とともに

     大衆(だいしゅ)を統理して

     一切 無礙(むげ)ならん

 



2019.04.02 Tuesday 18:32
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恩田川の桜まつり

 

 

2019年3月31日午後2時30分ころの恩田川の桜の開花状況です。

南成瀬の町田市総合体育館付近のお花見の皆さんです。

成瀬はじめ町田市南地区の各商店会の方たちなどがお店を出していました。

お店の周辺はすごい混み具合で「完売」の張り紙が出ている商品もいくつかありました。



2019.03.31 Sunday 15:15
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40億年、いのちの旅(図書紹介)

 金曜日夜に放送されるNHKの「チコちゃんに叱られる!」というバラエティ番組を楽しみにして毎回観ている。永遠の「5歳」という設定の少女・チコちゃんが、私たちにとって当たり前過ぎて疑問に思わないようなことをお笑いタレントの岡村隆史はじめ出演する大人たちに質問する。普段は考えもしなかったチコちゃんの「なぜ?」に回答者が答えに窮する。するとチコちゃんのCGの顔が大きく赤くなって「ボーっと生きてんじゃねーよ!」という決めぜりふで叱られるという出だしだ。その後に取材によって集められた専門家たちのコメントや研究成果などが紹介され、解答が示されるという番組である。
 1月11日放送の中のひとつは、地球がなぜ自転しているかという疑問だった。原始地球に大きな天体が衝突(ジャイアント・インパクト)して地球が誕生、自転し始めたという。それは46億年前のことである。当時は自転一回転4時間ほどだったが、月の引力などでブレーキがかかり、地球の自転はほんのわずかずつ遅くなっている(一年で5万分の1秒ずつ遅くなっている)という。現在、一日24時間だが、遠い将来には一日25時間になり、さらに遠い遠い遠ーい将来には、地球の自転が止まる・・・・・。


 皆さんも子どもたちの「なぜ?」にとまどったことはないだろうか。ときに子どもの「なぜ?」が大人にとってはいつの間にか自明のこととして考えることを止めていた何か、たとえば天地自然の〈真実〉や私たち自身の人生、生命などの〈真理〉にダイレクトにつながる疑問だったりして、大いに考えさせられることもある。

 昨年夏、岩波書店『図書』の新刊案内に岩波ジュニア新書『40億年、いのちの旅』という書名を見て、そういえば私は子どものときからこういうことをずっと疑問に思っていたんだと、はたと気づき、すぐに購入し通読した。そして今日でも手の届くところにおいて時々ページをめくってはつまみ読みを続けている。
 実は私は岩波ジュニア新書のファンで、この新書の新刊には常に注意を払って来た。最先端の研究や技術開発などをその分野の専門家が分かりやすく書き下ろしているもので、私などが何かを学び始めるには最適な入門書なのだ。

 『40億年、いのちの旅』によると、現在、地球上の「いのち」・生きものは三千万〜一億種存在するというが、その祖先を遡っていくと、40億年前の原始地球の海の中で生まれた原始細胞・「いのち」に辿りつくというのだ。
 46億年前に地球が誕生し、熱い火の玉だった地球が永い時間をかけて少しずつ冷えてきたころ、「原始地球において、水蒸気や深海の熱水の中で、雷、放射線、紫外線、エックス線、地熱などのエネルギーによって、二酸化炭素、水素、二酸化硫黄、窒素、塩酸、メタン、アンモニアなどの無機の気体から簡単な有機化合物(たとえばアミノ酸)がつくられ、次に小さな有機分子が結合しあってタンパク質のような有機高分子がつくられたと考えられ」るという(87頁)。
 40億年の「いのち」の旅を一日24時間にたとえるという解説もなされていた(80頁)。
 1月1日零時にいのちが誕生し、3月中旬にシアノバクテリアが酸素を発生し始め、6月中旬に真核生物が現れ、9月下旬に多細胞生物が出現したことになるそうだ。
 11月下旬になってやっと生物は海から陸に上がり、同じころ頃最初の脊椎動物である魚が登場。12月中旬ころから恐竜が地上の覇者として繁栄を誇っていたが、12月25日午後6時ごろに絶滅。7百万年前とされる、最初のヒトが登場したのは、大晦日の午前10時過ぎとなり、私たちホモサピエンスの登場は20万年前とされるが、それは新年まで残り20分ほどに押し詰まった午後11時40分ころのことだという。
 詳しくは『40億年、いのちの旅』の一読をお願いしたい。心に留めておきたいのは私の「いのち」が40億歳余ということと、私たちヒトや動物、植物、昆虫、菌類などの祖先を遡っていくと原始細胞の「いのち」に辿りつくという〈真実〉である。



2019.01.25 Friday 07:34
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日々変わらねど すべてに新たなり

 山形県上山市の寿仙寺住職・吉田時夫老師から季刊の『寿仙寺だより』110号(2019年1月)を頂戴した。これまでに二十七、八年間ご恵送いただいており、お元気でご活躍の老師の様子をお伝えくださる“便り”である。今回の「たより」の一面には青空のもと雪景色の寿仙寺のカラー写真と「日々変わらねど すべてに新たなり」と題した年頭の挨拶文が掲載されていた。四十五年ほど前、修行中の吉田老師が福井県の大本山永平寺で迎えた元旦の思い出が記されていた。

 

 住職が永平寺で勉強中の時のことです。元旦の朝を迎えると、法堂(はっとう=本堂)での朝のお勤めで、特別に禅師さま(永平寺の住職)に質問することが許されます。特に一年生は質問をするように先輩僧から厳しく指導を受けましたので、私も質問をすることになりました。時の禅師さまは目がご不自由でおられ、声に対しては特に配慮をしていたといいます。私の順番になりました。緊張の中での質問でしたので、文章的に正確だったかどうかは分かりません。
 「日々、朝・昼・夜の行事、坐禅、本講、作務(労働)に勤めています。今日も昨日と変わりません。修行僧にとって今日は何か特別の日なのでしょうか」
 これに対して禅師さまは私の心を斟酌して、はっきりと応えられました。
 「日々変わらねど すべてに新たなり」というものでした。
 いつもお正月を迎えると、この言葉がよみがえってきます。(後略)

 

 東雲寺の坐禅堂壁面に吉田老師から頂いた写真が三点掲示してある。坐禅堂入口の真上に「太白山天童景徳禅寺」(その昔、道元禅師が修行された中国の禅寺「天童寺」)の写真、その斜め左下に「大日如来」そして坐禅堂の奥の右側に「地蔵菩薩」。ひとつは吉田老師が1980(昭和55年)初冬に駒澤大学中国仏教史蹟参観団の一員として訪中した際に撮影した天童寺仏殿の写真であり、他の二つは、当時、吉田老師が休暇を利用して国東半島はじめ全国各地を訪れ撮影した石仏写真の中の二作品である。老師が東京都港区芝の東京グランドホテルで石仏写真の個展を開いたことがあり、そこで展示した作品の中から、後日、拙(わたし)が老師にお願いして頂戴したものである。
 実は吉田老師と拙(わたし)とは福井県の大本山永平寺で同時期に修行し、さらにその後、曹洞宗宗務庁(教団の本部事務所)にも一緒に勤務し、ほぼ二十年間、毎日顔を合わせ、週に一、二度は盃を傾けていた間柄である。

 老師はこれまでに数々の労著をものされており、代表作のひとつ『随想 曹洞宗と天皇制を考えるヒント』(1997年4月)が『山形新聞』「味読・郷土の本」欄に取り上げられることになった折には、当時、曹洞宗人権擁護推進本部事務局長を務めていた拙(わたし)に書評の依頼があった。以前、この書籍のもととなる四百字詰二百五十枚ほどのワープロ原稿を読み、ぜひ公刊すべしとお勧めした者として、推薦の一文を寄せて、その最後を次のように締めさせていただいている。

 

 (前略)「大逆事件」の「暗黒裁判」で死刑に処せられた内山愚童和尚の問題や、教団や宗教者の戦争荷担の問題についても多くのページを割いて検討し、吉田師は次のように言う。「今後同じ過ちを繰り返さない為にも、今日、この歴史をできるかぎり正確に理解し、その原因を見極め、歴史から学んでいかなければならない。これが自ら宗教人生を確立していく出発点のように思えてならない」と。
 ぜひ議論の素材とするため、教団内外を問わず識者の方がたの一読をお願いしたい。

 

 この書籍はその後に加筆増補され『曹洞宗と天皇制を考える』として2014年3月に東京新宿区の文芸社から新たに出版刊行されている。興味のある方、どうぞご一読を。
 吉田老師は常に「仏教とは何か」を確認する作業を続けつつ学びを深められ、その成果を『寿仙寺だより』にまとめ、檀信徒の方たちのみならず拙(わたし)などまで啓発くださっている。日々変わらねど、すべてに新たなりである。心して精進修行したい。



2019.01.07 Monday 09:33
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