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境内の紅葉

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2017.11.25 Saturday 10:29
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境内の紅葉

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2017.11.25 Saturday 10:27
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庭掃除です。
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落葉が朝日に照らされて、なんとも美しい。


2017.11.25 Saturday 10:26
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春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを粛む

  11月11、12日、晴天に恵まれた中で横浜市青葉区奈良の松岳院さまで晋山結制の大法要が修行された。このときには開山歴住忌も併せて行われ、拙(わたし)がその焼香師を務めさせていただいた。
  拙は、このところ毎年、松岳院さまの施食会(お盆のおせがき法要)で説教師を務めており、また松岳院ご住職には拙の晋山結制(2009年4月)、昨年4月の結制再会、本年6月の東堂本葬儀、9月の百ヵ日忌埋葬法要などでたいへんお世話になっている。分に過ぎた大役だったが、これもご縁だと思って請けさせていただき、心を込めて焼香・礼拝し、蜜湯・菓子・お茶を供え、法語を称えて読経、開山歴住忌の導師を務めた。
 松岳院さまの法要後、JR町田駅近くのホテルへ移動、祝宴が催された。その冒頭で西堂・白槌師を務められた天寧寺の高木昭彦老師が祝辞を述べられた。老師はお祝いの締めくくりに松岳院ご住職に対し「春風を以て人に接し、秋霜を以て自らを粛む」という先人の言葉を贈られた。他の人に対しては春風のように優しく爽やかに接し、自己に対しては秋の霜のように厳しく律して慎むということだ。
 老師のお話しを拝聴する中で、得度(仏門に入ること)して五十有余年の拙も、原点に立ち返って己を律し、改めて利他行に精進したいと思った。



2017.11.20 Monday 11:21
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境内の紅葉も終わりに・・・・



2017.11.15 Wednesday 23:10
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彼岸花が咲きました
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涼しくなったなと思ったら、境内のあちこちに曼珠沙華、彼岸花が咲きました。彼岸の入りの日も間近です。


2017.09.17 Sunday 14:02
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高齢化多死社会 弔われない死者

 今年11月に都内のホテルで関東地方の曹洞宗寺院住職など有志の集会の予定があり、その中で将来の寺院住職のあるべき姿について考えるシンポジウムが計画されている。その準備のため、意見発表を願う専門家数人から予め話を聴く学習会が随時行われて来た。3月初めの第四回学習会では永平寺東京別院長谷会館会議室において『月刊住職』編集発行人・矢澤澄道師のお話を伺った。現代社会の問題について考えさせられることが多かったので、その概要(文責・柚木)を以下に紹介したい。

 

 今日の日本の状況を見る上で重要な視点のひとつが「多死社会」ということだ。

 2017年の推定年間死者数は130万人。過去を探ってみると明治40年ころから、ずうっと年間死者数100万人が続いていた。昭和23年ころから減り始め、一時期60万人ぐらいまでになり、60〜70万人で推移して来た。平成元年に80万人、平成14年に90万人余。来る2040年の166.8万人がピークで、22世紀になっても100万人を越える死者が出ると推計されている。100人に1人が亡くなるとされる時代が間もなく来る。
 ただし、過去と現在では異なる点がある。現在は「多死社会」であり「高齢化」が進んでいるということだ。たとえば大正時代も「多死社会」だったが、「高齢化」社会ではなかった。平成28年版『高齢社会白書』の「高齢化の現状と将来像」という図表を見ると、昭和25年には、高齢者1人に対して12人の現役世代がいた。平成27年には高齢者1人に対し現役世代は2.3人で、将来的には1人しかいない状態になるという。
 これはどういうことかというと、死者が多くても葬儀を営む側の人が少ないということだ。つまり1人では葬儀費用などを負担できないという経済的な問題、家族や親族がいないという人的問題によって「葬られない・弔われない死者」が出て来る。これは個人の問題に止まらず、社会で対応すべき問題になるだろうから、当然、社会保障としての葬送という問題が起きて来る。そのときの一番の接点は寺院ではなく、自治体だ。自治体が「葬られない・弔われない死者」にどのような形で対応するかが大きな問題となる。毎年、引き取り手のない遺骨が全国で約4000体、東京都内で180体ほどある。
 横須賀市が「エンディングプラン・サポート事業」ということを始めている。日本社会では親族が葬送義務者なのだが、親族がいない場合、自治体の長が葬送を行わなければならない。その場合、「親族がいない」ということを確定しなければならず、それはとても時間がかかる。そこで予め一人暮らしで身寄りのない人、月収16万円以下、貯金100万円以下、不動産を所持していないという条件の人を対象に希望者を募り、登録制度を作った。常時、登録カードを所持、万が一の時には、市と契約を結んでいる葬儀社が葬儀を行い、市営霊園または協力寺院の無縁塔に納骨するというものだ。
 これから団塊世代が亡くなる。多くは生活困窮者ではない。富裕者でも孤独死する。父母や連れ合いなどの介護をし終わったとき、家族は誰も面倒を見てくれない、絶縁状態のような状況も想像される。そのとき、自分の死をどのように迎えられるか。〈私〉たちは孤独死を覚悟しなければならない。そういう時代になっている。
 社会保障としての葬儀を寺院が引き受けるとすると葬儀件数が格段に増えるが、都市部に寺院が少ないため、住職は過労の状態になる。『宗教年鑑』によると平成25年末時点で、神奈川県で4791人に一ヵ寺、東京都で4629人に一ヵ寺。その反対に福井県は470人に一ヵ寺、富山県が673人に一ヵ寺だ。寺院が多く、一ヵ寺あたりの人口が少ない県ほど「幸福度」が高く、逆比例している。社会の安定のため、人心の安穏のため、寺院が必要ということを社会に対して訴える必要もあるだろう。

 

  何もかも普段は考えないようなことばかりだ。が、〈私〉たちも考えなければならないことのようだ。 



2017.05.12 Friday 10:18
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科学者二人からの興味深い話二題

 東雲寺仏教講座に参加されているお檀家さんの一人にN・Hさんという方がおられる。科学技術庁航空宇宙技術研究所などで40年間の研究生活をなさって来た方である。2月の第4日曜日の数日前、東雲寺仏教講座へ出席の連絡メールに興味深い話が添えられていた。長文なので、以下、概要(文責・柚木)を紹介する。

 

 かつて妻と幼い娘とともに米国のサボテンと岩がごろごろの砂漠地帯を車で走ることがあった。前後に走行する車はなく、対向車も何十分に一台あるかないかだった。突然、舗装道路が目の前で消え、岩だらけの凹みに突っ込んだ。豪雨で道がえぐられたらしかった。エンジンの底が岩に当たり、エンジンが変な音を出した。ただ低回転ながらもエンジンが回り続けていたのが救いだった。戻るには100キロ、先に進むには200キロの砂漠の真ん中だった。
 だましだまし車を進めて、なんとか無事にたどり着くことができたが、緑に囲まれた日本では当たり前と思っていたことがまったく通用しない、死と隣り合わせの恐怖の体験だった。ものすごいカルチャーショックで、世界観が変わった。よく言われる「日本の常識は世界の非常識」とも言えるかもしれない。
玄奘三蔵(げんじょうさんぞう)が天竺(てんじく。インドのこと)への求法の旅でたどった砂漠も、やはり死と隣り合わせの世界だったろう。唐の都の長安もけっして緑豊かな都市ではないが、玄奘がたどった西域のルートは長安では想像できない苛酷なものだったと思う。自分のような人間でも人生観が変わったのだから、玄奘もこの天竺への旅の経験でそれまでとは大きく異なるものを得たのではないだろうか。人間は環境によって考え方が左右され形成されるだろうから、仏教理解と言っても、インド、西域、中国大陸、日本とでは大きく異なるものになるのではないかと思う。

 

 というような趣旨のメールだった。
 N・Hさんは、ご自身の砂漠における恐怖の体験をもとに、玄奘三蔵の西域の苛酷な旅を想像しつつ、人間は自然の環境条件に強く影響を受けるものだから、人生観や世界観、仏教理解も変わるに違いないというお考えだった。
 人種、民族、国家、言語、文化などの境界を越えて広がっている仏教、イスラム教、キリスト教などの「世界宗教」であっても、確かにN・Hさんの指摘のようなことはあると思うし、玄奘の旅についての推論も、なるほどと思った。

 

 2月末日、お檀家さんの葬儀で荼毘(だび。火葬のこと)の間、控室で待っているときに、ご遺族の一人で茨城県つくば市にある物質構造科学研究所のA・Yさんという方から「私は物理をやっているんですが」と声をかけられた。一人でいる私に気遣いしてくれて、「私の研究者仲間にはビッグバンや粒子と反粒子のことを研究している人間がいましてね。一秒の何分かの一のビックバンで宇宙ができたとか、粒子と反粒子が出会うと消滅して光になるというようなことを研究してるんですよ」などと宇宙物理学についての話をしてくださった。そして「物理も突き詰めると宗教的な感じになりますね。物理学者には牧師さんが多いんですよ。お坊さんはどうなんですかね」などと、さまざまな話題を提供してくださった。
 さらに「住職さんはこの世からあの世に故人を送ってくださったわけですが」と前置きして、物質世界のことは研究し、証明することができるが、精神世界のことはそういうわけにはいかない。物質世界では年を取るが、精神世界では年を取らない。「私たちの気持ちはいつまでも若いでしょ。精神世界では46億年の過去へも行くことができる」などと興味深い話をしてくださった。

 

 今、思うとトンチンカンな受け応えだったが、私は仏教で説く宇宙間のすべてを構成する五つの要素「五蘊(ごうん)」=色(物質)・受・想・行・識の中で「色」以外は精神的要素であるとか、道元禅師には「経歴(きょうりゃく)」という考え方があって、坐禅修行する中でお釈迦さまや歴代の祖師方と出会い、同じく修行し、同じく〈さとり〉を目の当たりにするとの確信があったなどと応じた。
 科学者お二人からの問いかけを今後も考えて行きたい。



2017.03.06 Monday 18:59
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涅槃会(ねはんえ)の話 「沙羅双樹(さらそうじゅ)」について

  言い伝えでは、お釈迦さまの入滅(にゅうめつ=涅槃〈ねはん〉に入ること)のとき、お釈迦さまの最後の説法が終わると、沙羅双樹(さらそうじゅ)八本のうち四本はたちまちに枯れ、他の四本は青々とし続けたとされ、これを「四枯四栄(しこしえい)」と言います。これはお釈迦さまが自在の神力によって、ご自身のお身体は入滅されても(四枯)、説き示された教えは後世にまで伝えられ栄え続ける(四栄)ことを表されたものとされます。


 また、入滅にあたり東西南北の四方に二本ずつあった沙羅の樹は、東西、南北の二双樹が合わさり、一樹となってお釈迦さまをおおい、白色に変わって枯れたとも言い、お釈迦さま入滅の地を白い鶴の色にたとえて「鶴林(かくりん)」と呼びます。

 

 お葬式のときに供える「四華(しか)」は、沙羅双樹の四本が枯れた状態「四枯」を表しているとも言われています。

 

 沙羅双樹の八本の意味は「仏遺教経(ぶつゆいきょうぎょう)。詳しくは『仏垂般涅槃略説教誡(ぶっしはつねはんりゃくせつきょうかいきょう)』」に説かれた「八大人覚(はちだいにんがく)」などの教えを表しているとも言われています。
 「八大人覚」とは、仏教の教えを学び修行する力量の優れた人が保つべき八種の基本的徳目で、戒を敬い守ることが前提になっていますが、それは少欲、知足、遠離、精進、不妄念、定、智慧、不戯論の八つの徳目のことを言います。


  少欲(しょうよく)・・・多欲の人は利益を求めることが多く、そのため苦悩もまた多い。少欲の人は、自分の意志を曲げてこびへつらうこともなく、苦しみ悩むこともないので、心が穏やかである。
  知足(ちそく)・・・足ることを知ることが肝要である。知足を知らずに欲望に振り回されていると、どんなに物質的に豊かな生活をしていても、いつも不平、不満がいっぱいで苦しむことになる。
  遠離(おんり)・・・騒がしい世間のしがらみに満ちたところから離れなければならない。独り静かなところで、苦悩を滅する道について心に深く思うことが大事である。
  精進(しょうじん)・・・休むことなく、正しい教えに遵って努力をし続けることが大事である。少しの水でも流れ落ち続けると硬い岩に穴をうがつように、精進は不可能と思われることを可能にする。
  不妄念(ふもうねん)・・・仏教の教えを常に心の中に念じて忘れず、心を動揺させないようにすべきである。そこには煩悩(貪欲〈とんよく〉・瞋恚〈しんい〉・愚痴〈ぐち〉)の入り込む隙もない。
   定(じょう)・・・心が定にあれば世間生滅の理を心に刻むことができる。定を得たならば心が千々に乱れることはない。禅定(坐禅)を修行し続けて智慧の水を漏失させてはならない。
   智慧(ちえ)・・・智慧があれば貪欲、執着を離れることができる。仏教の教えをよく聞き、よく考えて、よく実践するという智慧によって、ものごとを正しくとらえる心の眼を持つことができる。
  不戯論(ふけろん)・・・無意味で利益のない議論の、愛着心による愛論や道理にくらい偏見による見論をやめると、悟りの境地に入ることができ、真の安楽を得ることができる。



2017.02.21 Tuesday 18:33
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福寿草が開花
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一昨日、つぼみだった福寿草が、今朝、見ると開花。昨日はとても温かだったから。


2017.02.17 Friday 10:08
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