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圭室文雄先生の東雲寺文化講座「本能寺の歴史」開講

 2020年7月26日(日)14時30分〜16時、明治大学名誉教授・圭室文雄(たまむろ ふみお)先生による「本能寺の歴史」が、コロナ禍の中、できるだけ「三密」を避け、手指の消毒、マスク着用で行われました。

 日蓮宗本能寺の末寺が、寛永10年(1633)段階で全国に93ヵ寺、その内9ヵ寺が九州大隅国(おおすみのくに)の島嶼(とうしょ)部などにあり、天明6年(1786)段階で213ヵ寺、その内56ヵ寺が大隅国にあった。火縄銃が伝来した種子島も大隅国である。火薬や火縄銃などの渡来物を、密貿易とは言わないまでも、私的に貿易することに関与していた可能性のある屋久島や種子島の本能寺の末寺の存在がとても興味深い。

 堺の町衆から大量の火縄銃を入手していたとされる信長は、種子島や屋久島と深い縁のあった本能寺と繋がることも必然だったようである。

 かつての本能寺は、1万坪ほどの境内、本堂、祖師堂、拝殿、開山堂、大方丈、小方丈、庫裡など建物があり、こうした人が休める建物の坪数が計約660坪、つまり1,300畳ほどあり、1,000人くらいが上洛の際に宿泊できたという。信長が宿泊所にしていたことも、こうした条件や縁があったからのようである。

 以上、圭室先生のご講義を拝聴しての住職の感想である。

 

 

 



2020.07.28 Tuesday 16:27
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2020.08.06 Thursday 16:27
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