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露の新治師匠が朝日新聞「ひと」欄に掲載されました
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朝日新聞2017年1月29日(日)朝刊に「ひと」欄に露の新治師匠がとりあげられました。人権高座30年に取り組みが評価されてのことです。


2017.01.29 Sunday 15:52
人権・平和・環境 comments(0)
東雲寺仏教講座「『典座教訓』を読む」を開催

 1月22日午後2時から東雲寺本堂において、仏教講座「『典座教訓』を読む」第6回を開催いたしました。

 今回、取り上げたところには、さまざまなエピソ−ドが下敷きになっている説示が多く、そうした逸話のいくつかを以下に紹介します。

 

潙山踢瓶(いさん てきびょう)

 潙山霊祐が百丈の典座だったとき、俗人の弟子・司馬頭陀(しばずだ)の意に契って大潙山に住することになり、百丈も霊祐に委嘱した。これを聞いて訝る上席の華林善覚に百丈は浄瓶を指し、「これを浄瓶と呼んではならんとすれば、なんと呼ぶか」と問うた。華林は「木切れとはいえません」と返答したが、霊祐は浄瓶を蹴飛ばして出て行ってしまった。

 

洞山麻三斤(とうざんまさんぎん)

  麻三斤は、一着分の、よった麻糸の分量。仏とは何かの問いに仏の衣の反物で答えたもの。麻三斤で仏の真実を何の抵抗もなく示したところに洞山守初の仏法の円熟振りがある。 (禅学大辞典)

 

阿育王の前生譚(あいくおうのぜんしょうたん)

  お釈迦さまが阿難を連れて王舎城で乞食の修行していたとき、沙(砂)遊びをしていた徳勝童子と無勝童子の二人が、お釈迦さまの姿を見て喜び、徳勝童子はお釈迦さまに沙を糗に見立てて供養し、無勝童子は随喜し合掌し偈を唱えた。お釈迦さまは阿難に「この童子は私の入槃涅槃して百年後に、阿育という転輪聖王になり、仏の教えをもって国を治め、多くの仏塔を建立して供養し、衆生を安楽にするであろう」と予言し、童子から供養された沙をお釈迦さまが経行するところに塗って敷きつめるように指示した。

 

長者窮子(ちょうじゃぐうじ)

 家出をして長い間放浪し困窮した男「窮子」を、父親である長者が見つけ、彼を掃除人として雇い入れ、次第に後継者としてふさわしい人物に育成した後に、父親であることを明かして財宝を譲る。仏が機の熟するのを待って衆生に教えを説いて救うことにたとえたもの。

 



2017.01.23 Monday 17:52
道元禅師の教え comments(0)
永代供養、東雲寺の納骨堂

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  近年、東雲寺の檀信徒さんで、お墓を見てくれる後継者がいないなどのご相談があり、永代供養の観音様を建立(「東雲寺境内墓地に永代供養観音像を建立」参照)しましたが、この度はご遺骨をお預かりする納骨堂を作りました。この納骨堂でも永代供養が可能です。

 

 写真右側、新しく建立された納骨堂。

  なお、写真左側は有縁無縁三界万霊供養のお地蔵さま。

 

  永代供養観音像建立の経緯については「東雲寺永代萬霊供養観世音菩薩建立」(2010年5月)の記事をご覧ください。



2017.01.17 Tuesday 11:59
東雲寺あれこれ comments(0)
横浜のホテルから
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本寺年賀拝登の後、ホテルの30階にあるレストランで新年懇親会


2017.01.16 Monday 12:01
住職雑感 comments(0)
東雲寺の本寺・雲松院の年賀拝登

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JR横浜線小机駅から歩いて数分ところにある雲松院の境内墓地にある笠原氏の歴代のお墓にお参りしました。

東雲寺の寺紋「丸に三つ柏」は本寺・雲松院の寺紋でもあり、それは開基家の笠原氏の家紋という因縁のようです。



2017.01.16 Monday 11:56
東雲寺あれこれ comments(0)
納骨堂落慶法要を修行

 

1月12日11時より東雲寺境内墓地内に建立された納骨堂の落慶開眼法要を修行しました。

東雲寺檀信徒総代・世話人の皆さまにご参列いただき、柚木祖元住職と責任役員の功雲寺ご住職・敦岡祖雄老師が開眼法要を勤めました。



2017.01.16 Monday 11:52
東雲寺あれこれ comments(0)
東雲寺の総代さん世話人さんの新年祝祷諷経
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新年初顔合わせで、お檀家さん方の家門繁栄をお祈りしました。


2017.01.12 Thursday 20:15
東雲寺あれこれ comments(0)
東雲寺境内の紅梅が咲き始めました
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昨日、寒風の中、紅梅がほころんでいるのに気付きました。


2017.01.09 Monday 09:25
東雲寺あれこれ comments(0)
本日、年始挨拶で成瀬地区を回りました
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成瀬地区のお檀家さん廻り。オートバイ0444_seikatu_motorcicle_20100917.gifで一筆書きのように旧成瀬村内のお檀家さんたちのお宅を次々と年始の挨拶回りで約28キロメートル、時間は7時20分出発で13時25分帰宅の約6時間。
12時30分ころお訪ねした成瀬四丁目のお檀家さん宅の庭に咲く梅。満開です。早咲きの品種なのでしょうか。
とてもきれいでしたので携帯電話で写真撮影しました。


2017.01.04 Wednesday 22:42
住職雑感 comments(0)
人の世に熱あれ 人間(じんかん)に光りあれ

 新しき年を迎えて希望し念願することは、今年は少しでも前向きな年になるように、である。
 昨年は後ろ向き、内向きなことが多かった。
 近年、各地で公然と続けられて来た在日コリアンに対する「殺せ、死ね」などと叫びながら行うデモ。昨年6月に「ヘイトスピーチ解消法」が施行されたが、インターネットの世界などでは憎悪表現が後を絶たない。名前が表に出ないという匿名性を使って「本音が語られる」というのだが、それらが他の人を貶(おとし)めたり、中傷したり、攻撃したり、イジメたりしている。そんな「本音」って、いったい何だというのだろう。
 7月には障がい者福祉施設の元職員が「障害者がいなくなればいいと思った」として、福祉施設の利用者を殺傷した事件があった。抵抗できない障がい者に対する計画的な犯罪で、その残忍さ冷徹さに衝撃を受けた。
 世界に眼を移せば、難民や移民の受け入れ阻止のためにEU離脱を決めたイギリス、ヨーロッパ各地で心配される極右政党の台頭、アメリカ大統領選でのトランプ氏の内向きな発言や差別発言。さらにテロ、紛争、戦争などが続いている。それらの背景には「格差」があるとされる。
 道元禅師のご著書『典座教訓』の中に「人を差別の目で見ない」(講談社学術文庫『典座教訓・赴粥飯法』104頁)という教えがある。昨年暮れの東雲寺仏教講座で拝読した教えの中のひとつだ。以下に引用紹介する。


  又、衆僧の得失を見るべからず、衆僧の老少を顧るべからず。自すら猶お自の落処を知らず、他も争でか他の落処を識るを得んや。自の非を以て他の非と為すこと、豈に誤らざらんや。耆年と晩進と、其の形は雖れ異なるも、有智と愚朦と、僧宗は是れ同じ。随いて亦、昨の非と今の是と、聖と凡と、誰か知らん。『禅苑清規』に云う、「僧は凡聖無ければ、十方に通会す」と。若し、「一切の是非、管する莫し」の志気有らば、那んぞ「直ちに無上菩提に趣く」の道業に非ざらん。如し向来の一歩を錯らば、便乃対面に蹉過せん。古人の骨髄は、全く恁のごとき功夫を作すの処に在るなり。

 

 意訳を試みる。


 修行者たちの長所短所を探したり、年齢の老若などを問題にしてはいけない。自分でさえ自分の落ち着きどころを知らないのに、どうして他の人の落ち着きどころを知ることができようか。自分が否定するからといって、他の人も否定するだろうと思うならば、必ずや誤ってしまうだろう。
 年たけた先輩僧と若い後輩僧、智恵ある人と道理に暗く愚かな人、形の上では異なるが、仏教の三つの宝である仏法僧の中の僧宝という尊さにおいてはまったく同じである。
また、昨日まで間違いだったことが、今日は正しいとされることや、悟りをひらいた聖人か迷いのなかにある凡人かなど、誰が分かるだろうか。
 『禅苑清規』という禅宗最古の規範に「僧は凡人とか聖人とかに関係なく、すべてのものごとを充分に理解し会得する」とあり、もし、「あらゆるものごとの善し悪し、長所短所、老少、凡人聖人などの区別をしない」という求道の志があれば、どうして「時を移さずに〈さとり〉の世界に入る」という仏道修行にならないことがあろうか。もし、これまで述べてきたことを一歩でも踏み誤ることがあれば、すぐに真実と食い違ってしまうだろう。祖師方の生き方の真髄は、まったくこのような精進努力を行うところにある。 


 という教えである。

 

 自分のこともよく分からないのに、他人さまの欠点をあれこれあげつらうようなことを言ってはいけないし、理由にならないような理由での区別、すなわち差別してはならないというのだ。
 前向きな世界にするために、たとえば95年前に発せられた『水平社宣言』の「人の世に熱あれ、人間(じんかん)に光りあれ」というような願いを現代に生きる地球市民の手に取り戻すのだ。こうしたことにこそ人類の英知を集めて工夫すべきなのだ。

 



2017.01.02 Monday 17:06
住職雑感 comments(0)
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