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東雲寺の花々

 

 

 

 

 

 

 

 



2019.06.03 Monday 21:59
東雲寺あれこれ comments(0)
『ダンマパダ』を読んでます

 

 紀元前4〜3世紀に成立したとされる初期仏教経典『法句経』ーー原名「ダンマパダ」(ダンマは真理、パダは言葉)で「真理のことば」とも訳されるーーを少しずつ読んで仏教の教えを学んでいます。

 今月は第4日曜日午後に所用があって、第3日曜日の5月19日14時30分から東雲寺仏教講座を開催しました。

 どなたでも参加いただけます。資料や会場作りのため、できれば予めの出席申込みをいただきたいと思います。

 今回は『ダンマパダ』の第23章「象」と第24章「愛執」の一部を読みました。

 後世、仏教教学が整理され、体系化される前、「耐え忍ぶこと」「心を落ち着かせること」「明かな知慧を身につけること」「愛欲の根を断つこと」などを初期仏教当時の人びとの身近な「象」や「猿」だったり「つる草」だったりを例えにして教えが説かれています。六波羅蜜の布施・持戒・忍辱・精進・禅定・智慧に相当する教えだろうと思いました。

 来月は6月23日(日)13時30分〜15時の開催予定です。

 参加費は無料ですが、賛同いただける方にはお一人資料代200円をいただき、東日本大震災の被災地復興などのための募金にしていただいております。

 これまでに東雲寺に寄託されて東日本大震災の被災地にお届けした募金総額は 4,785,935円。

 また、以下の各地へもお届けしてまいりました。
 熊本地震  140,000円(2016年7月25日)
 九州北部豪雨   51,039円(2017年9月1日)

 平成30年7月豪雨・台風21号災害 209,641円(2019年1月4日)
 北海道胆振東部地震災害 110,000円(2019年1月4日)

 

 



2019.05.21 Tuesday 08:51
東雲寺あれこれ comments(0)
仏教興起時代のヴァルナについて(その2)

 最古の仏典『スッタニパータ』を学ぶため購入した宮坂宥勝訳『ブッダの教え スッタニパータ』(法蔵館、2002年)の「序文  最初期の仏教について」の中の「チャンダーラ」に関する記述に疑問を感じ、識者の方に手紙を差し上げご指導を仰いだ。
なお、「チャンダーラ」は「旃陀羅」と音写されて、中村元他編『岩波仏教辞典』では次のように解説されている。

 

旃陀羅 サンスクリット原語(スペル略)チャンダーラに相当する音写。インドの社会で最下層に属する身分をいう。上位の階層から触れるべからざるものとして差別され、不可触民と称された。古代の『マヌ法典』によれば、首陀羅出身の父と婆羅門出身の母との間に生まれた混血種をいい、四姓の外に落とされた。(後略)

 

 この「旃陀羅」については、経典や祖録、差別戒名などに存在しており、人権確立・差別撤廃にとりくむ人たちから曹洞宗はじめ各仏教教団が厳しく問われ、見解を求められて来た問題である。この問題などへの曹洞宗教団のとりくみの中で指導的立場でご尽力いただいた先生のお一人、奈良康明先生(1929〜2017年、台東区法清寺住職、駒澤大学総長、大本山永平寺西堂などを歴任)がもしご存命であればインド仏教文化史がご専門だった先生に真っ先にお教えを願ったところだが、残念ながらすでに遷化されており、それが叶わない。
 奈良先生とともに曹洞宗教団の人権・差別問題へのとりくみに尽力された門馬幸夫先生(駿河台大学名誉教授、宗教社会学、東京都人権啓発センター委員)に手紙を差し上げると数日後に返信を頂戴した。門馬先生は部落解放同盟栃木県連合会の和田献一氏らが永年とりくんでおられるインドのダリット(いわゆる四姓外の不可触民とされている被差別民)自立支援プログラムの活動で何度か現地を訪れている方である。

 

  書面を拝見しました。
  この件に関しましては、専門知識を持っていないため、以下の(目下の)考えはまったく小生の推測に基づくもので、詳しくは、やはり然るべき専門家にお伺いしたほうが確実と思われます。
  小生の考え
  宮坂宥勝氏の「種族の分類」の項の記述は、氏独自の見方の「分類」と思われますが、氏が他の文献から整理して記述した可能性もあります。
  が、小生のつたない管見の範囲では、「種族」(通常は英語文献も含め「部族・tribe」と記述が一般的です)と記述し、「部族」をこのように三分類にして記述する事例を小生はほとんど、知りません。
  これは、ポスト・ヴェーダー時代(仏教成立時代、前600年〜前320年頃)のアーリヤ人(アーリヤ系文化を奉じアーリヤと自称する民族)が農耕社会を築いた、とすることから、そのように分類した可能性もあります。
  ただし、以下のような書物では、そのような分類は出てきません。
 
      山崎元一『古代インド社会の研究』刀水書房、1986年
      コーサンビー著、山崎利男訳『インド古代史』岩波書店、1966年
      辻 直四郎責任編集『インド 悠久なる文化の全貌』名著普及会、1943年
     
   なお、「インド・アーリヤ人」(の東進)という考え方についても、現在は、それが言語学上の一仮説であり、考古学的・オリエント学・歴史学上では、いまだ証明されておらず、疑問視もされています。
    堀 晄(あきら)『古代インド文明の謎』吉川弘文館、2008年 (以下、古いインド思想、インド部族の宗教に関する文献を中略)
   以上、とりいそぎ、管見のかぎり、瞥見してみました。ご寛容を。

 

 というお手紙だった。そしてお手紙をいただいた日の夜、さらにお電話をいただきご親切な助言指導を頂戴した。特にアーリヤ人の東進が考古学的には確認されていないということや『スッタニパータ』よりも山口瑞鳳先生の『評説 インド仏教哲学史』(岩波書店)を読んではどうかなど、たいへん有益なお話しをお聞きすることができた。(つづく)



2019.05.21 Tuesday 08:17
住職雑感 comments(0)
仏教興起時代のヴァルナについて

  最古の仏典『スッタニパータ』を学ぶために新たに購入した宮坂宥勝訳『ブッダの教え スッタニパータ』(法蔵館、2002年)の「序文  最初期の仏教について」に、まことに不勉強な私ではあるが、私がこれまで他では見聞きしたことのない記述があった。「仏教の発生起源と多文化性とをよりグローバルに解明するためには仏教興起の時代は国家と種族とが共存する不均等社会であったことが、まず確認されなければならない」として、続けて農耕種族、林住種族、山地種族という三種の種族の分類、解説を記している。特に目を惹くのは、その中の林住種族についての次のような解説文である。

 

  狩猟採集生活をする種族である。当時、ガンジス平原を一面に覆っていた森林地帯に居住していた。たとえばチャンダーラ族(スペルや注記略、以下同じ)、プックサ族、そのほかである。
  彼らはインド・アリアン民族の東進につれてアリアン社会では階級外の存在として社会の最下層に組み込まれるに至った。
  たとえば、釈尊はチャンダーラを救って仏教徒にしたと伝える初期仏典やいくつかのチャンダーラ族にまつわる伝承があるのは、釈尊は彼らと同じ種族社会の出身であったからである。なお、釈尊がチャンダーラの問題を取り上げたのは、民族や社会的階層によって人間を差別するのを厳しく批判するためにほかならなかったからである。(後略)

 

 そして「種族の分類」の項の最後を以下のように結んでいる。長くなるが引用紹介する。

 

 仏教やジャイナ教が興起した当時、彼等の大部分は農耕種族であって、種族共同体を形成し、ガンジス河中流域の北岸地方に居住して、その北限はヒマラヤ前山山脈であった。もちろん、彼等はヴェーダ・アリアン社会に固有の階級制度である司祭階級・戦士階級・庶民階級・隷属階級のいずれにも入らない、階級外の存在いわゆるアウト・カーストである。このような古代インド固有の階級制度  階級はサンスクリット語でヴァルナというが、ヴァルナとは本来、皮膚の色を意味する  は、『ヤジュル・ヴェーダ』の成立期すなわち後期ヴェーダ時代にはすでに社会的に制度化されていた。
 釈迦族をはじめとする農耕種族がアリアン的社会体制における戦士階級として位置づけられたのは、彼等は本来、自衛のために武装した農耕民であったからである。たとえば釈迦族はすべて戦士族と呼ばれる。

 

  一読した印象として、随分と断定的な言い方がなされていて衝撃的だった。
  中村元著『原始仏教』(NHKブックス、1970年)の釈尊入滅当時にこととする文章の中では「生活物資が豊富となり、商工業が発達したのにともなって、貨幣経済の進展がいちじるしい」と記した後にヴァルナに関して次のように言う。

 

(前略)貨幣で評価される財産を多く所有する人が、社会的勢力をもつようになるのは当然であろう。都市には莫大な富が蓄積され、商工業者たちは多数の組合(原語などの注記略、以下同じ)を形成し、都市の内部の経済的実権を掌握していた。(中略)
いまや経済的実権を把握した人が社会的覇者として登場した。『たとえシュードラ(奴隷)であろうとも、財宝、米穀、金銀に富んでいるならば、クシャトリヤ(王族)でも、バラモンでも、庶民でも、かれより先に起き、後に寝て、進んでかれの用事を務め、かれの気に入ることを行い、かれに対して好ましいことばを掛けるであろう。』という社会的事情が、原始仏教聖典の中に認められている。

 

 さらに早島鏡正著『ゴータマ・ブッダ』(講談社、1979年)、奈良康明著『釈尊との対話』(NHKブックス、1988年)、山元一著『古代インドの文明と社会』(中央公論社、1997年)、中村元著『古代インド』(講談社学術文庫、2004年)などのヴァルナに関係する箇所を読んでみたが、宮坂氏のような解説文は見当たらなかった。このことに大きな疑問を感じて、識者の方たちに手紙を書いて、ご指導を仰ぐことにした。(つづく)



2019.05.13 Monday 09:02
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『法句経』を読む その次は?

 

  現在、東雲寺仏教講座では初期仏教経典のひとつ『法句経  ダンマパダ』を読んでいる。「ダンマ」は真理、「パダ」は言葉のことだ。仏教の開祖お釈迦さまの教えが423篇の詩句集の形で伝えられているものである。4月29日(月・祝日)には「『法句経』を読む」第14回講座を開催、294詩句〜319詩句でくらいまでを拝読した。一講座、90分で20余篇の詩句を読むことができるので、あと四、五回ほどで『法句経』全篇を読み終えそうである。毎年夏季の7月〜9月の3ヵ月は明治大学名誉教授圭室文雄先生に江戸時代の宗教信仰などをテーマにした連続講座をお願いしている。ということで『法句経』は来る5月、6月と10月〜12月の講座で五回となり、今年末には読み終えられそうなので、次はどんな仏典祖録を教材にして仏教を学ぶかについて考えた。

 2008(平成20)年8月から東雲寺仏教講座では、『般若心経』や『観音経』という比較的身近な経典を学び、さらに『正法眼蔵随聞記』や『典座教訓』『赴粥飯法』によって道元禅師の教えを学んで来た。2017(平成29)年12月からは『法句経』によって初期仏教の教えを学んでいる。となれば、次は『法句経  ダンマパダ』と並び称される初期仏教経典最古の『スッタニパータ』が良いだろうと思った。「スッタ」は経、「ニパータ」は集まりで、『経集』と訳される。
 書棚にある『スッタニパータ』関連の書籍をざっと見てみると、中村元訳『ブッダのことば』(岩波文庫、1984年)、荒牧典俊他訳『ブッダの詩機戞聞崔娘 原始仏典第七巻、1986年)、並川孝儀著『スッタニパータ  仏教最古の世界』(岩波書店、2008年)、今枝由郎訳『日常語訳 新編スッタニパータ  ブッダの〈智恵の言葉〉』(トランスビュー、2014年)、前谷彰訳『ブッダの教え  真訳・スッタニパータ』(講談社、2016年)があった。これらには『スッタニパータ』の研究書や抄訳も入っているので、さらに各書の参考文献などを手がかりに全篇訳の書籍を探すと、宮坂宥勝訳『ブッダの教え スッタニパータ』(法蔵館、2002年)他があることが分かり、インターネット「日本の古本屋」で検索、発注して入手した。
 仕事の合間にこの宮坂宥勝訳『ブッダの教え スッタニパータ』の「序文  最初期の仏教について」を読んだ。初期仏教について考える上で、いくつか興味深い記述があったので紹介したい。

 

   伝統的なバラモン教からみれば、確かに仏教は異端の宗教である。異端とされる最大の理由はナースティカ(無神論)、すなわちバラモン教のヴェーダ聖典の権威を否定し、創造主としての神の存在と階級社会を認めないということである。それは唯物論とジャイナ教と仏教とをもって代表と目される。
   これまでの仏教研究で見落とされたり、あるいは問題意識の埒外にあったのは、仏教とバラモン教との関わりについてはともあれ、啓示宗教としてのバラモン教に対する自覚宗教としての仏教やジャイナ教が本来、種族宗教に起源するということである。
   仏教の釈迦は釈迦族出身であり、ジャイナ教のヴァルダマーナはナータ族出身である。(後略)

 

  古代インドにアーリア人が数次にわたり西北から進出し、アーリア人の指導者であるバラモンたちが自らの宗教や生活様式などでインド全体を席捲して行った。それが現在のインドのヒンドゥー教の核となっているとされる。
 司祭者バラモンが、武士階級のクシャトリア、庶民ヴァイシャを設定し、その下に隷属民のシュードラを置いた。いわゆる四姓制度である。カーストとかヴァルナとか言われている身分差別の階級社会だ。そしてこのシュードラは非アーリア人であり、インドの先住民、さまざまな種族の人びとだったというのである。その種族のひとつがシャカ族であり、お釈迦さま在世当時、シャカ族の小国を取りまくマカダ国やコーサラ国などの大国はみなアーリア人が建設した国だった。こうした中でお釈迦さまは階級社会、四姓制度を否定する教えを説いていたというのだ。(つづく)



2019.04.29 Monday 20:24
東雲寺あれこれ comments(0)
東雲寺の丘の上のツツジ

 

桜の季節が過ぎ、好天に恵まれていますので、東雲寺裏の丘の上の草刈りを3時間ほどやりました。ツツジが見ごろです。

 



2019.04.22 Monday 13:48
住職雑感 comments(0)
シャクナゲが咲いてます

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2019.04.11 Thursday 11:11
東雲寺あれこれ comments(0)
お釈迦さまの誕生日「花まつり」

 

 

 

 昨日と違って、4月8日早朝から午前9時過ぎまで雨で、気温もぐんと低くなり、寒い一日となりました。

 それでも雨が上がってからは花御堂のお釈迦さまに甘茶をかける参拝者がちらほら。高齢者施設のワゴン車の来訪もあり、なごりの桜を楽しんでいました。そうした中で午後2時から東雲寺梅花講の皆さんによって「花まつり」法要が行われました。



2019.04.08 Monday 14:33
東雲寺あれこれ comments(0)
花御堂飾り付け

 

 明日の「お花まつり(お釈迦さまのお誕生日)に向け、4月7日午後、お檀家さんたちにお出でいただいて、毎年、この日にお願いしている花御堂の飾り付けをお願いしました。



2019.04.08 Monday 09:45
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旧暦「桃の節句」 暦について調べてみました

 

 2019(平成31)年4月7日は、太陰太陽暦(旧暦)の3月3日、上巳の節句、「桃の節句」である。上巳(じょうし)とは「五節句のひとつ。昔、中国で、三月最初の巳の日に行われた祓・招魂の儀が源というが、平安時代に日本に取り入れられ、今日の雛祭り、桃の節句となった」(『月と季節の暦』2019年)という。一月ほど前の3月3日には桃の花は莟にもなっていなかったが、旧暦の3月3日、すなわち本日、東雲寺の紅白ピンクの花桃の花が咲き、まさに「桃の節句」である。

 

 最近、墓石に故人の歿年月日を彫刻する際に旧暦も併記したいという檀家さんがあって、過去の太陽暦の年月日を旧暦の年月日に変換するため、太陰太陽暦について調べることがあった。
 以下、主に内田正男著『暦と時の事典』(雄山閣、1986年)を参照して記す。
 まず、太陰暦というのは月の満ち欠けの周期にのみよる暦で、一ヵ月の日数が30日と29日とを交互に繰り返すので、一年、12ヵ月で354日となる。太陰暦を使うところでは、30年の間に11回の閏年を設けて年末の29日を30日にするなどして調整しているそうだ。それでも太陽暦の365日より10日余少ないため、年月が経過するうちに日付と季節との間にズレが生じて、四季がある地域、農耕を行うところなどでは太陰暦は使えない。

 

 現在、世界中で毎日の生活に使われている太陽暦(グレゴリオ暦)になる前まで日本で使用していた暦が太陰太陽暦(旧暦)である。太陰太陽暦は、太陽年の365日余という一年の周期と月の満ち欠けの29・5日という一月の周期を組み合わせ、19年に7回、閏月を設けて調整するものである。「世界の古くから文明の発達した国々の暦、ユダヤ暦、ギリシャ暦、バビロニア暦そして中国の暦などは、みな太陰太陽暦であった。(中略)日本では中国から暦法が伝えられて以来、明治5年までずっと太陰太陽暦が用いられ」てきたという。
 今年2月5日は旧暦元旦で、中国はじめ中華圏で「春節」と言い、もっとも重要な祝祭日であって、新暦の正月に比べ盛大にお祝いされることで知られている。また、中国、台湾、韓国、ベトナム、シンガポール、マレーシア、インドネシアなどでは数日間の祝日があって、毎年この時季には、いわゆるインバウンドツーリズム    外国からの旅行客が大勢日本にやって来る。お寺関係では、中国などの石材業者が長期休暇をとるため輸出入が滞り、日本の建墓工事に影響が出る。

 

 太陽暦(グレゴリオ暦)は、「西暦年数が四で割り切れる年を閏年とするが、100で割り切れる(100は4の倍数であるから100で割り切れる年はもちろん4でも割り切れる)年のみは100で割った商が4で割り切れない時は平年とする」というものである。400年で97回の閏年となり、一太陽年との差が極めて小さくなっている。4年に一度の閏年で2月29日があるとばかり思っていたが、そうではない年もあるということだし、4年に一度の閏年にオリンピックが開催されると思っていたが、2100年のオリンピックは平年開催となるようだ。
なぜ2月だけが28日、閏年は29日で終わるのか。古代ローマの暦が現在の3月を年の始めとし、2月を年末としていたからということを2月16日のNHKテレビ『チコちゃん叱られる』で知った。紀元前713年、ローマ国王ヌマ・ポンピリウスによる暦からのことのようである。

 

 元号が5月1日に改まる。「平成が終わるので、平成の年号でのお塔婆を建てたい」という檀家さんの依頼があり、塔婆供養をお請けした。私たちはさまざまな形で暦の影響を受けながら生活しているということを改めて感じた。元号(=年号)とは「年につける称号。中国で、皇帝が時をも支配するという思想から、漢の武帝のとき〈西暦紀元前140年〉に『建元』と号したのに始まる(後略)」(『広辞苑』第七版)という。1979(昭和54)年制定の「元号法」に「元号は、皇位の継承があった場合に限り改める」とされている。元号には支配者による「時の支配」という意味がある。



2019.04.08 Monday 09:38
住職雑感 comments(0)
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